クロノの名前




 寄る辺だったレア装備も失い、意気消沈し廃人のようになったカリストを確保するのはそう難しいことではなかった。


 意外だったのは、彼の仲間と思しき同リーグのメンバーが、カリストが捕まるとすぐに全員で出頭してきたことだ。


「ボスがいねえならこそこそしててもしかたねえっす。他に話の合うやついないっすから」

「むしろこっちの方が安全だと思ったんだよ。やっぱ怖くなったんだ。リアルの法律も大厄震でなくなったんだろ。そんな世界で悪事を働いたやつがどうなるかなんて、簡単に想像つくからさ。今ならこっちにいた方が安全だ。卑怯だってわかってるけどさ……」


 魔法が込められた拘束具に大人しく収まり、ギルドリーグの待合室で床に腰をつけて、彼らはぽつぽつとそんなことを零してきた。

 彼らの手綱を取るように、隣に立つスピカの手には拘束具の一端が握られている。


「カリストたちのことはわたしに任せてくれ。余罪もあってここではなくブランキストの拠点、風の塔ストゥルルンガで厳正に処分を決めることになっている」

「一人で大丈夫なんですか?」

「装備もない輩に遅れを取るようなことはしないさ。ヒメリたちはここに残ってギルドリーグの事務処理を頼む。当初の達成目標からは大きく逸脱してしまったようだがな」


 笑うスピカに、アリスは頬に手を当て溜息を吐く。


「まあ、クロノくんにお願いしてただで済むはずがなかったのよね」

「え? 俺のせい?」

「昔から無茶してばっかりじゃない。今までもそうだったけれど、今回のは特段よ。いくら〈英雄の神水薬〉を使った治療師がいるからって、〈地脈の龍〉を一人の手数で破壊しきっちゃうなんて」

「ソウタの無茶は今に始まったことじゃないからな。付き合わされるこっちはヒヤヒヤしっぱなしだ」


 朗らかに笑うスピカだが、他の顔なじみたちは苦笑しか出てこないらしい。

 ヒメリはアリスに近付いて、ぺこりと頭を下げた。


「元はアリスさんたちの物だったんですよね。ごめんなさい。わたしが変なところで見つかったりしなかったらもっと安全に……」


 アリスはかぶりを振って微笑む。


「〈地脈の龍〉が壊れてしまったのは残念だけれど、きっとこれでよかったの。当時去って行った仲間たちが帰ってくるわけじゃないし、彼らはこの世界にはいない。〈地脈の龍〉が残っていたらきっとずっと思い出しちゃうから」


 壊れてよかったと考えていたのはアリスだけではないようだった。


 〈地脈の龍〉ほどのレアリティを持つアイテムが残存していれば、いずれまたその処遇を巡っていざこざが起こりかねない。その要因の存在自体が喪失してしまえば、そこにかけるコストを割かなくて済むようになるとむしろ好意的に受け止められた。


 厳密にはクロノとヒメリはアドミニスタのメンバーではないが、スピカのようなアドミニスタの一員が一つの悪を解決した事実の方を快く思っているようだった。「この事件の解決自体が、アドミニスタの存在理由の証明になる」と口を揃えて言われ、ヒメリが責任を問われることもなかった。


 ハルカのことに関してはクロノには伝えず、アリスだけに伝えることにした。アリスも事情を察してくれて、ヒメリにこっそりウインクを投げた。


「あの子はまた私が教育しておくから安心してね」

「姫しゃま~! きょ、教育、いえ、躾ってどんな……!?」


 ハァハァハァと息荒く目を輝かせるハルカ。

 近付かない方がいいと判断して放っておいた。


 これからはこの世界でカリストたちの犯罪者に対する処遇を含め、ヒメリのような大厄震以前にあまり財産や能力を得ていなかったプレイヤーたちの安全や権利がどうやって守られるかも、大きく議論もされていくことだろう。


 それが重責になることはわかっているけれど、今はひとまずスピカにその一部を任せ、ヒメリは自分がここに無事に立てていることの感謝を伝えた。


「スピカちゃん、ありがとう。沢山守ってくれて」

「ヒメリの決意がなければこんなに上手くはいかなかったんだ。こちらこそ、ありがとう。しばらくの間ソウタをよろしくな。一緒にパーティを組めた時間は楽しかった」

「はい。スピカちゃんもお元気で」

「俺の方がベテランなんだけど……」


 クロノの抗議をスピカは聞こえないことにしたらしい。問い詰めるようにビシッと指を突きつける。


「ソウタ。また会いにくるからな。逃げるんじゃないぞ。あのとき約束したからな」

「わーったよ。のんびり待っててやるから。さっさとそいつらを連れてけ」

「まったく、いつもつれないな。そこがソウタらしいけどな。――では、行ってくる」


 彼女は手を翳しポートゲートを開く。


「ストゥルルンガへ」


 スピカが指定すると、空中に黒い靄の塊が出現し、ゆっくりとその半径を拡げていく。


 ゲートが完全に開ききると、スピカはカリストたちを先行させ、完全に移動したのを確認する。移動先の街にはすでにブランキストのメンバーが待ち構えているため、逃げられることはまずないそうだ。


 そして最後に残ったスピカも。


「さようなら。みんな」


 短く別れを告げ、彼女が足を踏み入れると、姿が靄状のポートゲートの中に跡形もなく消える。数秒も経たないうちに、ゲート自体も煙が晴れるようにそこに何も残さない。


 彼女はまだヒメリが見たこともない街で、これからも重要な任務に奔走していくのだろう。


「行っちゃいましたね」


 吹いてきた風に乗せるように、ヒメリは物憂げに呟いた。


「ああ」


 彼の返事は短い。

 男の子というのはこういう別れにも結構ドライなのだろうか。


 もっとも彼の場合はいずれ彼女が会いに来てもっと関係も深くなっていくだろうから、今はそんなものなのかもしれない。


 これからの二人の、そしてアリスたちを含めた他の仲間との活躍が、頭の中で容易に想像できる。きっと困難ばっかりで、傷つくこともあろうけれど、やっぱり楽しそうで。


 できれば、そこには自分の姿もあって欲しいな。とヒメリは淡い願いを胸に抱く。

 でも自分と彼らではLVも経験も違いすぎる。


 彼らがいつかグレート・ウォールの先を仰ぎ見て、観測者Xの秘密を解き明かし、この世界が元に戻るための道を拓いてくれるのだろうか。


 自分には安全な場所で祈っていることしかできない。今回はなんとか上手くいったけれど、二人のお膳立てがあったからだ。


 でしゃばった今回の事件が終われば、ヒメリは自分の身にふさわしい場所に帰らなくてはいけない。


「もっとちゃんとゲームやってたら、横に並べたのかな……」 


 もの悲しさを誤魔化すように、ぽつりと独り言ちた。


「あ? なんか言ったか?」

「いえ、なんでもないです」


 ちょっと悔しいけれど、それでも彼らの傍にいると自分の表情に浮かんでくるのは、なんだか嬉しくなってきて自然と出てくる笑みだ。


「そういえばですけど、今の名前はどんな由来があるんですか?」


 彼の前で嬉しくなっている自分を認めるのもなんだか癪で、からかうように聞きながらオーグアイで彼を見る。そこには出会ったときと同じ、なかなか洒落た名前が映っていた。



  クロノ・コルシュカ

  種族:血影族ヴァンピ

  職業:ナイトイーター LV70

  所属リーグ:無所属



 訊いたら、赤い目の少年は拗ねたような表情を作ってぷいと顔を背けた。


「……昔貰った同人誌に出てきたオリキャラの名前」










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る