第188話 そして閉店後、レジのお金も無事も合って
そして閉店後、レジのお金も無事も合って、しっかり戸締りを確認して、さあ、お疲れ様と店を出ようとしたところで、スマホが鳴った。
それを耳にした留萌さんが俺の持っているカギを取っていく。
「通用口のカギは私がしておくから」
「あっ、うん、ありがとう」
俺は先に出て電話に出た。相手は美優だ。
「あっ、錬。私たち再来週、奈良に行くことになったから」
「――はーっ?」
美優の言葉は唐突だった。何がどうなって奈良に行くことになったのか? 私たちと云うぐらいだから、心霊スポット巡りでもするのか? でも、鈴木部長が執着していたのは鮫島事件だったはずだけど……? 奈良に海が在ったっけ?
やっと、頭が回り出し、一つの可能性に行きついた。
「えっと、新しい心霊スポットでも見つかった?」
「もう、それしか頭にないんだからー。違うの、なんと彩さんが見合いするのよ。彩さんってああ見えて、名家のお嬢さんだったのよ! 相手だって超有名人なんだから。ほら、よくテレビに出ているIT企業の隼人史郎社長さんだって。それで私たちも彩さんについて実家に行くことになっちゃって!」
美優さん、興奮しているのは分かるけど、少し失礼な発言もあったような……。それにしても相手は宇宙旅行にも行こうかって云うぐらいの大金持ちじゃないか?
そんな相手に失礼がなければいいんだけど……。
「ひょっとして、麗さんもか?」
「そう、エリスさんも一緒よ」
な、なんで関係ない人まで連れて行くんだ? 美優は豪邸拝見ぐらいの気持ちだろうけど……、向こうにしたら、まれに見る美少女を何人も並べて……。
「まさか、見合いをぶち壊そうとしてか?!」
「ピンポン! 彩さんってもう5回も見合いをぶち壊しているみたい。大体、そうやって干渉されるのが嫌で家を飛び出して、一人暮らししているみたいだから」
「あの野郎、それだけ金があって、俺たちにたかりやがって。その男にたかればいいんだよ。美優、それに美優たちだって、ダシに使われるだけだぞ、友達に囲まれて充実しているからまだ結婚しないって」
「うーん。そうかなー? まあ、私には直接関係ないしね。それより、錬もついてこない? 彩さん別に構わないようなこと言ってたよ」
「いや、俺、バイトがあるし、大体、俺が行ったら、彩さんの両親もびっくりして、無理やり結婚させようとするんじゃないか? それに見合いの相手もいい顔しないだろうし」
「そっかー。そうだよね。奈良でデートをしたかったんだけどな……。京都の時も楽しかったし」
「美優って、寺や神社って好きだったけ。京都にいったときも、そういうところには行かなかったと思うんだけど……」
「違うよ。遺跡巡り、勿来の関でハマっちゃって、その面白さに目覚めたの。ほら、錬が居ると第3の目が開きやすいから、何か凄い発見をしちゃったりして……、あっ!」
いや、分かりやすいリアクションをありがとう。俺と一緒に居たら、美優の心が俺で満たされるってことね。まあ、それは俺も幸せに感じるんだけど……。
その後の会話が続かないで、気まずい雰囲気になってくる。そんな時、唐突に横にいた留萌さんに肩を突っつかれた。
電話も長々となっている。一緒に出たパートの人はすでに帰ったようだった。
「美優、悪い。これから留萌さんの下宿まで送っていくから」
「美優さん、ごめんね。錬君を少し借りるから」
俺の横から留萌さんがスマホに向かって話しかけた。
「うん。気を付けてね」
「ああっ、お休み」
そう言ってスマホの終話ボタンを押す。
電話の内容を明らかに盗み聞きした留萌さんが、脇を突っついてきた。
「なんか、面白いことになってるみたいね」
「留萌さん、面白がらないの。エリスさんのことからどこでどうなって、彩さんの見合い話になったのか?」
「そうね。少なくとも、鈴木部長の独断場にはならなかったみたいね」
「まったく、やっぱ酒が入らないと鈴木部長も舌が回らないみたいだ」
「まっ、圧倒的に情報が足らないからね。それより、IT企業の社長に美優さんが見初められたらどうするの? 美優さんってその辺のアイドルよりよっぽど可愛いと思うけど」
留萌さん、自分もかわいいことに自覚がないんだ。美優、留萌さん、彩さん、麗さん、みんなタイプは違うけど、甲乙つけがたい美人なんだよな。
「留萌さんだって、美優に負けず劣らず美人ですよ」
「うん、私も玉の輿に乗れたらいいんだけどな」
俺の言葉は華麗にスルーして、冗談ぽく返してきた。
いままで、死を覚悟して生き急いできた留萌さんは、あの犬鳴村の件以来、明るくなって人付き合いがよくなり、ちらほらコンパに誘われたとか告白されたとか、漏れ聞こえてくるのだが、今ところは誰かと付き合いだしたという話は聞こえてこない。
俺はバイクに跨ると、どうぞというふうに声を掛けた。
「誰か良い人が見つかるといいですね」
「うん」
留萌さんは屈託のない返事をして後部シートに乗り、俺の腰に手を回した。
「それじゃ、行きます」
俺はアクセルをゆっくり吹かし、留萌さんの下宿先のアパートに向かう。
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