第189話 家に帰ると、風呂に入って

 家に帰ると、風呂に入って、遅い晩飯を掻っ込むと、さっそく鈴木部長にメールを打っておく。

 留萌さんが言っていた異世界と繋がった原因は潮の満ち引きに関係している。エリスを襲った敵がこちらの世界に来る可能は、冬至の日が最も高いとメールを送ったのだ。

 メールを打ち終わると、今度は美優からメールが入って来た。明日の倫理学の時間、一緒に授業を受けようというものだった。もちろん、OKの返信をする。

 週に一回だけある。美優との共有時間だ。俺は幸せな気持ちで布団に入った。

 

 翌日、美優と一緒に倫理の講義を受けているが、いつもの最前列と違って今日は後ろの方に座って筆談をしている。

 教授は美優が最前列に居ないため、相当講義室を見回していた。そして、美優が後ろの方に座っているのを見るとあからさまにがっかりした表情をしていた。

 きっと、代わり映えのしない生徒のやる気のなさの中に、教授も美少女が最前列で必死にノートを取り、集中しているのが唯一の心のオアシスになっていたのだろう。

 こっちには、彩さんから金で入手した去年のノートがある。それで去年やっているのと同じ講義内容だと、ネタが上がっている。

 周りには、何人も俺と同じタイプが居るらしい。しらけた授業風景になるのは己自身の問題だと自覚してほしい所だ。

 さっきの誰も笑わない寒いギャグも、ノートの隅に書いてあるのだ。


 そんな状況描写をしているうちに、美優が昨日のことをノートに書いて見せてくる。

 やはり、エリスのことはほとんど書かれていない。鈴木部長の話にも何か突拍子な仮説も無かったらしい。まあ、何か異世界に繋がるきっかけがあるはずだということと、時間にえらく拘(こだわ)っていたぐらいだということだ。

 昨日、留萌さんが言っていた潮の満ち引きと引力の関係が、推理の助けになればと俺は鈴木部長に期待する。

 それにしても、再来週の土日、すなわち、12月最初の休みに奈良に出掛けて行くとは……。

 経緯は電話で聞いた通り、彩さんが見合いのために帰省するのに誘われたらしくて、俺はそのIT企業の隼人社長に会わないよう進言したのだ。

もっとも冗談に思われたようで「私が見合いするわけじゃないよ。www」と書かれていた。さらに、「彩さんは自分の見合いに私たちを巻き込むような人じゃないよ」と続けて書かれ、改めて俺が彩さんを信用していなかったことを図星されるのだった。


確かに、美優の言った通り、彩さんの怪異を前にした糞度胸は腹が座っている人だと常々感じていた。確かに女にしておくには惜しい人なんだよな。そんな姉(あね)さんのような人が、自分の問題で人に頼るとは思えない。

「ごめん」

「別に私に謝られても……」

 そう微笑む美優は楽しそうに旅行の日程を話し出した。

「まず、ここから新幹線で新大阪に行くでしょ。そして、奈良駅で降りたら、ホテルで食事、彩さんはそこの別室で隼人社長と食事をしながら見合い。

私たちは、奈良公園に行って、鹿に鹿せんべいをあげて東大寺の奈良の大仏を見る予定なの。それで次の日はいよいよ天の香久山へ遺跡の探索。

どう、私たちと隼人社長と会う予定はないでしょ」

「本当に、ほっとしたよ」

「でしょ。奈良は小学校の修学旅行以来だから本当に楽しみ」

 美優の表情は生き生きして本当に楽しみにしているのが分かった。

「気を付けて行っておいでよ」

「うん」

 そう言って、正面を向いて授業に没頭しだした美優の横顔を見ながら俺も思い出していた。

 俺も奈良には小学校の修学旅行以来行っていない。楽しい思い出のある所に、数年ぶりに出掛けて行くのは本当に楽しみだと思う。思い出のままの所、変わってしまった所、確認しながら楽しんでくればいい。それまでエリスの問題は置いておくか……。きっと鈴木部長が何かきっと考え付くに違いない。

 そう考えて穏やかな気持ちになるのだった。


 ◇◇◇


 あっという間に月日は流れて、彩の見合いの日を迎えた。

 土曜日の朝、彩、麗、美優、エリスは岡島駅に集まっていた。

ダウンジャケットにパーカーそしてコーデロイのパンツと山歩きにふさわしい恰好の美優、麗、エリスに対して、彩の服装は気合が入っていた。いつものポニーテールに薄く施した化粧、さらに最近、人気急上昇のブランドのピアスとネックレス、それにスーツと素肌に近い光沢をしたストッキング。

いつものスポーティなファッションと大分違う彩に、美優は彩の本気度を見た。

「彩さん、気合が入っていますね」

「まあ、勝負服やね」

「彩、きれい!」

 なぜか、彩のファッションに食いついたのはエリスだ。彩の服が気に入ってみたいで、彩に色々聞いている。

「さすがエリス。初めて見るこのブランドの良さが分かるなんて」

 そう言って、ここ一年ほどで急激に人気が出て価値が上がったブランドの説明を始めた。

「このピアスとネックレス。新技術のAIを使ってデザインしているのよ。このスーツはフォーマルとビジネススーツの丁度中間よね。ビジネスほど固くなく、だからと言って、派手さはあらへん。それでいて良い素材を使ってんねん。特質すべきはこのストッキングやね。新素材で肌色に限りなく近くて、それでいてヒートテック、めちゃめちゃ温いねん」

「私にはブランドはよくわからないけど、着る人を一番きれいに見せる機能美を意識しているみたい。着る人によって同じ服でも印象が変わると思うわ。まさに天衣無縫って感じ」

 エリスの発言はたった10日間ほどで、どこまで感性と語彙力が高まっているのか。確かに的を得た表現だったし、言葉の通り誰が着ても一番輝いて見える服だった。

 それはエリスが優秀だったということもあるし、毎日、話に来ていた美優や麗それに彩の感性をすっかり自分のものにするぐらい仲良くなっていたのだ。

 しかし、この服装の本題はそんなところにあるのではなかった。


「のぞみが来た」

 麗の声に、彩の服に注目していた美優とエリスはわくわくした表情で、ホームに滑り込んでくるのぞみを目で追っかける。

これからの旅がとても楽しいものになるに決まっている。

そんな予感がして、奈良に向かって出発した。

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