第187話 そして、エリスを無事ホムニス教授のマンションに
そして、エリスを無事ホムニス教授のマンションに送り届けて、麗の車は美優の家に向かった。
「麗、美優ちゃん。うちが実家に帰るのは再来週の土曜やから、あんじょう頼むで」
「えっ、そんなに急なんですか?」
「彩にとっては、いつものこと」
「ちゃんと観光にも連れてたるさかい。美優も行きたいとこ調べといてぇな」
「えっ、飛鳥地方ですか? 私も文学部なんでそれなりに行きたいところもあるんですけど」
「そりゃあ良かった。歴史的遺産には事欠かへんとこやさかいな」
「はい、楽しみにしています」
「美優、着いた」
彩の実家についていく話が盛り上がり、気が付けば美優の家に着いていて、結局、押し切られた形で、美優と麗は彩の実家にお邪魔(本当に見合いの邪魔をすることになるんだが……)することになったのだ。
◇◇◇
俺と留萌さんは、バイト先のデイリーマートに着いた。
五時前のこの時間から、パート帰りの主婦がスーパーにやって来て混みだす時間だ。
俺は、さっそく、乱れた売り場の整理に入り、商品の補充や品出しに忙しく動き回る。留萌さんも同じように、並び出したレジに入りお客さんを捌きだしている。
そして、バタバタしながらアッと言う間に二時間が過ぎ、お客さんが空きだすと、店員もパラパラと退社しだし、俺と留萌さんと夜間パートの女の人の三人になる。
そのころになって、やっと俺もレジ要員としてレジに入るのだ。
俺が隣のレジに入るのを見て留萌さんがさっそく話しかけてくる。色々聞きたいこともあったみたいだ。
「あのエリスって子、異世界から来たって結論だったけど……、錬君はどこから来たと思っているの?」
「ははっ、留萌さんも異世界から来たって考えているんだ。まあ、青い瞳孔の持ち主はこの世界にいないって、ホムニス先生が断言していたしね。俺には、どこの異世界からやって来たかは想像がつかないよ。鈴木部長と違って、深い考察は苦手だから。竜宮城みたいなお伽の国から来たんじゃないのかな、ぐらいしか思い付かないな」
「それなのよね。お伽の世界って、ほら浦島太郎がこっちに帰ってきたら三〇〇年が経っていたとか、竹取物語で、かぐや姫が三か月で大人に成長したとか、こちらの世界とは時間の過ぎ方が違うと言うか、かぐや姫が天に帰る時に、地上であった出来事をすべて忘れてしまうところとか、時間を共有できない部分については、異世界とこっちの世界では記憶があいまいになるところってない?」
「……」
うーん。留萌さんの表現は抽象すぎてなにが言いたいのかよく分からない。要約すると、時間が共有できない部分について、エリスは記憶をなくしているんだってことかな?
「あっ、何言ってるか分からないよね? 私だって整理できてないから……、ごめんね」
俺が返事もせず、難しい顔をしているから、留萌さんも不安になったのか、再び言葉を返して来てくれたわけだが……。
「いえ、実際に異世界に行ったキサラギ駅の時には、あれだけ地獄めぐりをして駅に戻ってきたら五分しか経ってなかったのには驚きましたけど……。確かに流れる時間は違ってましたけど、記憶が無くなったかと云えばそうじゃなかったし……」
「だよね……」
そう言って留萌さんは元気をなくしたようで、目を伏せてしまった。
しまった。留萌さんの話の腰を折ってしまったようだ。別に否定したわけでもないのに……。
俺は必至に話題を探して留萌さんに話し掛けた。
「そういえば、鴨之越で空間が裂ける原因って何んだと思います?」
留萌さんは少し考えると、思い付いたように顔を輝かせる。
「海の中に道ができるトンボロ現象って、確か潮の満ち引きでできるんですよね。その時、エリスさんが現れたってことは、干潮時に異世界の空間と繋がったってことではないでしょうか?」
「干潮が異世界の入り口……?」
「潮の満ち引きってなんで起こるか知ってます?」
「あの時間帯で潮の流れが変わるとかで?」
「えーっと、錬君って大学生だよね。干潮満潮っていうのは月と太陽の引力で海水が引き寄せられて起こる現象だよ。太陽と月と地球が一直線になった時が、一番海水が引っ張られるでしょ。月が一か月で地球の周りを一周する満月と新月の日の入りと日の出の頃が大潮といって満潮と干潮さが大きくなるのよ」
「確かそう、思い出したよ」
そういいながら、頭の中は地学の教科を思い出すようにフル回転させる。そこで思い出したイメージ図。地球と月と太陽を一直線に並べ、重力を表すベクトルを引けば、地球が太陽と月に引っ張られ、海水が盛り上がって歪な楕円形になる図だ。
となると、日本が干潮になるということは、日本から一番離れたところの海水が月と太陽に引っ張られ、盛り上がるってことは……。
地球は23,4度地軸が傾いていて太陽は地球儀の横道上を通る訳だから、この線上に月が交差するとなれば、次に最大の干潮になるのは……。
「冬至の日前後の満月か新月!!」
「錬君、大正解。その日が日本では一年で最大の干潮になるはずよ。大昔は彼岸潮とか呼ばれて、その日が一年で最大の干満差だって言われていたみたいだけど……。実際はね違ってたんだ」
「だとしたら、通常の干潮だったエリスさんが現れた日じゃ、エリスさんを襲った化け物は異世界からこちらの世界には出てこられなかった。だがその日ならエリスさんを追ってこちらの世界にやって来ることが出来るかもしれない……」
「私もそう考えた。しかもこの前エリスさんを傷つけた武器は、錬君が使う虎杖丸と同じ神武具なんでしょ」
「そうだ、とにかくどんな相手か? どんな神武具を使うのか? 次の冬至の日まで後一か月ほど、こちらが準備する期間はあまりに短い……」
「だったらこの件も、鈴木部長に」
「そうだな。一応メールを打っておくよ」
そんな話をお客さんの合間に交わしていると。気が付けば、閉店一〇分前になっていた。
俺たちは、そそくさと閉店準備をはじめたのだ。
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