第167話 僕は自分が認めた当たりじゃなきゃ走らない

「僕は自分が認めた当たりじゃなきゃ走らない。あれは完全な打ちそこないだ。それにしてもベース上でさらに沈むなんて……面白い! 面白いぞ!!」

 十七夜は俺に向かって大声で叫んでいた。

 こんな打者からどうやって空振りを取るっていうんだ? 勘弁してくれよ……。俺は内心嘆いているはずなんだが、ベネトナッシュさんからは突っ込まれてしまった。

「えらく興奮しているようだな。わしもそうなんだが、野球というのがこれほど知力と体力をぶつけ合うものとは思わなかったぞ」

「俺もそうですよ。こんなバッター初めてです」

「次はどう攻める?」

「一度見せ球を使ってみようと思います」

「そうか、野球のことはよく知らん。錬にまかせるぞ」


 ベネットナッシュと俺の心の会話はまるでピッチャーとキャチャーのサイン交換だ。

 俺は再び振りかぶり、アウトコース高めにわずかに外れたストレートを投げる。

 あいつはどう出る。ボールでも強引に打ちに来るのか? そんなことを考えながら彼の行動を観察する。

 すると、ボールが俺の指から離れた瞬間、彼はテイクバックの姿勢から直ちに力を抜きボールを見向きもしないでバッターボックスを外してしまう。

 そして、ボールはアウトコース一番のパネルの横をわずかに掠めながら通り過ぎていった。

 狙い球と違った? それとも苦手コース? 試してみるか。

 

 第五球目、俺はアウトコース高め一番のパネルを狙い全力で投げこんだ。

 カッキーン!! ボールは金属音を残し、右中間にボールが飛んでいく。

 しまった!! やられた!! 俺はすぐさま振り返り打球を追った。

 えっ、打球を必死に追う美優が目に入る。なんで? 運動神経自体は悪くないし、野球のルールも知ってはいるだろうけど、それでも、あの打球に追いつくなんてことがあるのか?


 美優は打球に対して余裕で追いつき捕球した。打った後、走り出した十七夜もすぐに立ち止まりバッターボックスに帰っていく。

「「「美優、ナイスキャッチ!!」」」

「さすが、元新体操部!!」

「美優に世界は救われた!!」

 みんな大騒ぎで美優に声を掛けていた、まるで勝ったような騒ぎだ。あまりの騒ぎに顔を真っ赤にして横に振る美優の目は金色に輝いていた。


「さすが、第三の目を持つプレアデス星人の生まれ代わりだな。あの打球を予測して、最短距離で打球の下に入ることが出来るなんて……」

 十七夜の言葉に俺ははっと気が付いた。どうやら今の美優はスイッチが入っている状態のようだ。始める前に抱きしめていて正解だった。

 しかし、美優に救われた。彼女のすべてを見通す目が、俺が投げた瞬間にその後起こることを見せたんだろう。

「美優!! ありがとう!!」

 美優に救われたことを感謝する。美優は大きく手を振って応えてくれた。

 さて、美優に救われたことで気が付いたことがある。俺は大きく深呼吸をする。あのコースは苦手コースじゃない。一つ前の一球は投げた瞬間にボールと判断して見送ったのだ。なんて選球眼だ。しかし、それを逆手にとる方法がある。


「何か思いついたみたいだな」

「ベネトナッシュさん。見ていてください。今度こそパネルを抜いて見せます」


 そう言って、六球目のボールをバケツから拾う。そして、パネルを見つめる。

「勝負だ!」

 心の中でつぶやき、大きく振りかぶると地面に叩きつけるように投げ込んだのだ。

 明らかにボールになる球。十七夜はテイクバックを解きバットを肩から降ろそうとして、慌てて、バットを構え直したのだ。

 しかし、もう遅い。ホームベースの前でワンバンドしたボールは跳ねて、ど真ん中の空白のパネルに吸い込まれる。

 見たか! 掟破りのワンバンのストライク。野球のルールならもちろんボール、ソフトボールなら死球とみなされるとんでもないボールだ。しかし、このストラックアウトなら有効な手だ。何しろ、パネルを通して後ろにあるハッカイに神水を振りまけばいい。


 だが、十七夜はテイクバックが間に合わないと判断すると、そのまま、バンドの構えに入り見事、ピッチャ―前にボールを転がしたのだ。

「そんな、バカな?!」

 俺はマウンドを駆け下り、ボールを拾い上げ、勢いのまま十七夜にタッチする。これでアウトだが……。実質これでは俺の負けだ。

「まさか、こんな手で来るなんて……。コースに決められていたら危なかった」

 呟く十七夜に俺も返した。

「初めてのグランドだと撥ね方の予測ができないんだ。真ん中付近を狙うしかない」

「こんな奇襲があるなんて、次はこうはいかないからね」

「ああっ、分かってるさ」

 近づいたことで二言三言、言葉を交わしたが、未だに突破口は見つからない。後六球、同じ球は彼には通用しないだろう。

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