第166話 ファースト麗さん、セカンド彩さん

 ファースト麗さん、セカンド彩さん、サード鈴木部長、ショート山岡さん、レフト田山さん、センター大杉、ライト美優だ。

 マウンドのそばに立ち、麗さんが印を組み始める。

「神魂降臨(かもすこうりん)!!」

 その言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中は空っぽになる。そして、勝手に言葉が口から出てくる。

「我が体は、我が体に在らず。我が技は、我が技にあらず。天地人を貫く楔(くさび)の技。九星剣明王(ちゅうせいけんみょうおう)! 出陣!」

 高貴な魂が俺の魂に重なる。そして、力が湧いてくるのだ。

「なんだ? 今回はこんなところに呼び出して」

「ここは甲子園、野球をするところです。すみません。神様であるベネトナッシュさんをこんな球遊びをさせるために呼び出して」

「あん、錬、気にするな。あのハッカイが持つ情念はあの天帝が人間に与えたものだ。暴食、色欲、強欲、憂鬱、憤怒、怠惰、虚飾、傲慢。あそこまで溜まっていると、どの情念がこの世に飛び出しても、人間の存続の危機になるだろう。人間同士殺し合いが始まるか? 天変地異に飲み込まれるか?

 罰と言いながら天帝が与えた試練をあの女は見事に利用しやがった」

「ベネトナッシュさんはパンドラを知っているのですか?」

「ああっ、パンドラの匣に残った不死を手に入れ、神となったのに、その自覚がなく人間界に留まり続ける哀れな女神だ……」

「じゃあ……」

「ああっ、錬、ここであのパンドラに印籠を渡すぞ」

「分かりました。それじゃあベネトナッシュさん俺の動きに体を合わせてください」


「さあ、始めようか!!」

 バッターボックスから声がした。

 改めて沢登幽の肉体を持つ十七夜に正対する。体に厚みがあり、がっしりした体形はスラッガータイプだ。二、三度する素振りは、テイクバックから球を捕える打点までが最短距離でバットが振り抜かれている。コンパクトなスイングで球を呼び込んで打つタイプだ。空振りを取りにくい嫌なタイプだ。


 ならば、まずは挨拶代わりにインハイストレートだ。

 俺はバケツから神水に沈めたボールを取ると、大きく振りかぶり、第一球を投げた。

 インコース胸元に一四〇キロを超えるストレート。今日は指の掛かりもいい。奇麗なバックスピンがかかったボールが狙った三番に吸い込まれるように進んでいく。

 しかし、十七夜はインコースに躊躇なく踏み込んでくるとボールを上から叩きつけてくる。スイングスピードが速い!!

 チッという音が聞こえ、ボールはバックネットに飛んで行った。

「ファールか? さすが沢村君だ。初球から向かってくるピッチャーなんて今までいなかった」

 タイミングが合っている?! 仰け反らせようとしたインハイなのに……、向かってこられて驚いたのはこちらも同じだ。

 ならば、バッターが最も嫌う対角線の攻め。

 俺は再び大きく振りかぶり、今度は腕の振りはストレートをアウトコース低め七番に投げ込む。

 十七夜は思いっきり前に踏み込んで、バットの芯でとらえた。そのまま、大きなフォロスローをする。打球はライトポールに向かって一直線だ。

 俺は後ろ振り返る。いや、わずかに芯は外したはず……。あそこから失速してラインドライブかかりファールになるはず?! しかし、打球は俺の予想に反して失速せずにグングンスタンドに向かって伸びていく。

 嘘だろ? そんなはずは?

 しかし、フェンス直前で打球は勢いがなくなり、スライドするとポールのわずか右を過ぎていった。

「アウトコースはナチュラルにスライドするんだ。その分芯を外したか。でも次はこんなふうにはいかないぞ」

 十七夜は俺の癖球に気が付いた。インパクトの瞬間までボールを見て、変化に合わせただと……。なんて奴だ。俺は内心興奮していた。

「錬、嬉しそうだな」

「ああっ、こんな奴がいるなんて! 俺のすべてを賭けて倒したくなった。次はあれだ! ベネトナッシュさん頼む」

「あれか、よし分かった」

 今度はインコース低め九番のパネルを狙う。ただし、ストレートではなくカーブだ。

 腕をストレートと同じ振り、そして肘を送り出し、親指と人差し指の間から抜く。

 弧を描いたボールに、十七夜はタイミングを合わせて腰を開いた。しかし、ボールはブレーキがかかったように急激に速度を落とす。開いた腰、突っ込んだ体、完全にタイミングを崩したかに見えたが、そこから脅威的な下半身の粘り、そして、バットのヘッドは崩されながらも残っていた。

 嘘だろ?! 完全に空振りするタイミングだろうが! なんでまだバットのヘッドが残っているんだ? そして、ボールは九番のパネルに吸い込まれる手前でバットに捉えられた。

 ゴキッ。当たり損ねだ。そして、その嫌な打球はサードを狙う。

 当たり損ねのサードごろ、しかも打球に反応して前に出られない鈴木部長だ。

 間に合わない。内野安打だ。俺はマウンドでがっくり膝を付いたが……。

 十七夜はバッターボックスから走っていなかった。どういうことだ?

 鈴木部長は何とかボールを取り、ファーストの麗さんに投げる。麗さんがベースを踏んでアウトだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る