第165話 美優!! 大丈夫だったか?
「美優!! 大丈夫だったか?」
「うん。大丈夫。今目覚めたばかりだから、まだボーっとしているけど……。私もこの試合にでないといけないんでしょ。さっき、目覚めさせてくれたあの人がそう言っていたの」
「どこもなんともないのか? ただ、美優を救うことだけを考えていたんだ。本当に良かった……」
思わず、俺は美優を抱きしめていた。
「ちょ、ちょっと錬。恥ずかしいから。こんなみんなの見ている前で……」
「なにを言っているんだ。もし美優の身に何かあったとしたら、俺は十七夜教団を皆殺しにすることを甲子園のマウンドに誓うところだ」
「もう、錬ったら、なにを神聖なマウンドに誓っているのよ? 私は大丈夫、何もされてないよ。それにあの人は、ほんとに錬との勝負を純粋に望んでいる。私には分かるの」
プレアデス星人の生まれ代わりである美優は人の心情には機敏だと言うが……。
「その女の言っていることは本当です。彼が死んだ時、この世の執着が強かった。それこそ強い奴と戦いたいという執着だった。その無念が十七夜(かなぎ)とは相性が良かったんです。それで、縛魂の術で十七夜の魂をこの幽の肉体に縛り付けたんですが、いかんせん、岡島神社に生まれたことで背負わされた宿命を恨んでいると思っていたのに……。こんな野球バカだったとは……。計算違いでしたが、幽の頑なやり方にいつの間にか好ましく思うようになっていたんです」
美優の後ろからベンチから出て来た白髪の美女。彼女がそう言いながら出て来た。だから俺は茫然としている麗さんに代わって真相を訊ねた。
「そこに居るのは麗さんの兄である幽選手とは別人なんですよね」
「そこに居る人物は十七夜で間違いない。身体能力と経験そして記憶は幽が元になっているが、残虐性は十七夜そのものだ」
そう言い放ちニヤリと笑う。
彼は、コトリバコを世に放った狂人。その狂人を押しとどめているのは沢登幽だった肉体。精神が肉体を支配する。そしてその逆もまた真なり。本当の勝負は野球勝負が終わった後かもしれない。その時、俺は麗さんの兄との勝負の後に余力を温存できるのか……?
そういうことなら、こちらも遠慮しない。
「麗さん、あれはお兄さんじゃありません。麗さんを恨んで蘇ったわけじゃあないんです。俺はやるべきことをやるだけです」
いまだ立ち尽くし、憎しみと悲しみの目をしている麗さんから色欲のハッカイをもぎ取ると、俺は油断なくバッターボックスの方に歩いていく。
ストラックアウトは縦横三列の九枚の枠、全てが金属になっていて、プラスチックでできたパネルがはめ込まれている。二枚抜きなんかはできないが、パネルに跳ね返ることも無さそうだ。そして、アウトコース高めから横に一番、二番、三番となっていて、その下、ベルト当たりのアウトコースが四番、そして、ど真ん中が抜けて、インコースが六番、一番下の段もアウトコースから七番、八番、九番と横に並んでいる。五番がないわけか?
そして指定された二番パネルの裏にハッカイを置こうとして驚いた。貰って来たストラックアウトの機器に慌てて溶接で取って付けたような棒が二本付けられていて、その上に他のハッカイが乗っている。この慌てよう……、本当に思い付きで道具を用意したんだろう。
さらに枠の一番外側には段ボールで囲いをしている。これはなんのためだ? あっ、そうか枠から外れたボールから飛び散る神水をガードするためか……。そうなると……。
後はここに在るハッカイが本物かどうかだけど……。念のため、一番の暴食のハッカイを見ると俺が虎杖丸で傷つけた後がある。彼の性格からいって偽物をここに置くことはないか? 俺は安どして二番のところに色欲のハッカイを置く。
そして、十七夜とオムニス、いやパンドラに一礼して、マウンドに向かう。マウンドにはみんなが心配そうに集まっている。
「美優、怖い思いをさせてごめん」
「ううん、ただ長い間、怖い夢を見ていただけ……。ドロドロとした情念が体に纏わりついて、やがて、私の醜い部分がどんどん増殖されて、絶望的な気持ちになるの。目覚めた後も震えが止まらなかった」
「そっか、今も留萌さんたちはそんな夢を見続けているんだ。早く覚まさせてあげよう」
俺は美優をもう一度抱きしめた。
「ちょ、ちょっと唐突なんだから……、これから野球をするんでしょ! 凄く不利なルールで」
美優が真っ赤になって体を捩る。周りのみんなも呆れたようになっている。溜まりかねて鈴木部長が声を掛けてくる。
いいとこなんだから、黙って見ててほしい所だけど……。
「沢村君、確かに、与えられた球は一二球、バッターが立つということはストライクを置きに行くわけにはいかないぞ。打たれれば、そのコースのハッカイが開放されるんだろう。ヒットと空振り以外は引き分け、与えられた球数が減っていくんだ。
沢村君はあの伝説の強打者相手に一二球中、八個空振りか見逃しをさせないと負けなんだぞ。圧倒的に不利だろうが!!」
みんなは顔面が蒼白になった。鈴木部長の言葉にこのルールの不公平さに初めて気が付いたみたいだが……。
「大丈夫、確かに普通のストラックアウトなら圧倒的に不利だけど、この勝負はハッカイに神水を掛けられるかどうかなんだ。神水を含んだボールは縦スピンで神水をまき散らしながら進むから、例えば四番を抜けば、一番と七番にも神水がかかり、十七夜久呪のカギは無効化される。周りを囲む段ボールで気が付いたんだけど……」
「なるほど、横に三枚抜けば八個全部に神水がかかるということなんだ!」
「そういうこと、三球三振でこの勝負終わらせるぜ!!」
口では空元気を飛ばすが、実際にはそううまくはいかないだろう。ど真ん中の五番が無いということは「てめえ、五番みたいな甘いコースなんか狙ってみやがれ、そんなボールはスタンドに打ち込んでやるぞ」という自信からくるものだろう。
しかし、みんなは俺の檄に返事を返し、守備位置に散らばっていく。
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