第142話 三列シートの一番前

 三列シートの一番前、運転席には鈴木部長、助手席には山岡さん、二列目シートには麗さん、美優そして彩さん。三列目には、俺、大杉、田山さんだ。

 そして、どうでもいい話題をしながら、和気あいあいと会話が進む。

 その会話の中で興味深いのはやっぱり鈴木部長が仕込んできたネタ話だ。

「ところで、京都は平安京の時代から、政敵を追い落とすため色々な呪術が発展してきたんだ。だから、祟り続けた怨霊を鎮めるために作られた神社や、悪霊祓いや呪術を仕掛けた呪いの場所、亡霊が出没する地点、魑魅魍魎や妖怪を封じ込めた結界ポイントがたくさんある場所なんだ。平安京自身も密教の曼陀羅図を基に設計され、風水の秘術を注ぎ込んで建設された都市なんだ」

「そんな場所で、廃仏毀釈運動なんて信じられへんわ」

「ああっ、そのおかげで、平安時代から脈々と引き継がれてきた結界システムが綻び始めた。それに恐れ慄いた明治政府が岡島神社に助けを求めたって言うのが真相だろう。なにしろ、世界中で起こって来た戦争や、天変地異による被害なんかは人間の負の情念が引き起こしているととある宗教では考えられている」

「そんなことあるんですか?」

「ああっ、政治の乱れたところに天変地異ありだ。菅原道真だって火雷神と結び付けられ、天神様になったと言われている。きっと戦争にしても天変地異にしてもハッカイが暗躍しているんだろうな。なにしろ人間の負の情念を具現化できるなんて考えただけでも恐ろしい」

「情念が独り歩きをすれば、理性が何の意味もなさない」

「沢登さん、その通りだよ」

 人間を人たらしめる理性を無効化するハッカイ。こいつの暴走だけは何としても止めなければならない。俺がそんなことを密かに決心していると、美優が疑問を口にした。

「でも、どうしてそんな感情が地球にはあるの? プレアデスにはなかった感情だと思うの」

「あっ、そうか、沢井さんの生まれ故郷であるプレアデスだと、そういう負の感情って生まれないんだ。だよね、それでプレアデスでは長期の平和が続きアセッションを達成できたわけだから……。なんで、地球にはそんな情念があるのかというと、パンドラの匣が開けられたからとしか言いようがないな」

 鈴木部長が美優の疑問に答えた。そこで俺は思考に落ちる。

 パンドラの匣か……。コトリバコの話を聞いてすぐにこの匣がイメージされたんだけど……。どちらかと云うと、原因と結果みたいなものかも知れない。パンドラの匣が原因でコトリバコが結果。そんなことを考えていると鈴木部長の声が聞こえる。

「最後にパンドラの匣に残ったものって何なんだろうな? 巷じゃ希望とか未来を知る力とか言われているけど……。どちらも絶望の中に一筋の光を与えるもんなんだよな。そんなものが最後に残されるか? もっと絶望を絶望とも思えない悲劇をもたらすものだと思うんだけどな……」

 そこで部長は口を閉じた。みんなも最後に残されたものを考えこんでいるみたいだ。


 天界から火を盗み人に与えたプロメテウスを怒り、人間に災いを与えようと神々が大地から造った人類最初の女性、そして神々からあらゆる贈り物を与えた女性。

アテナからは機織や女のすべき仕事の能力を、アプロディーテからは男を苦悩させる魅力を、ヘルメースからは犬のように恥知らずで狡猾な心を、そして天帝からは好奇心を与えられた。そして、神々は最後に彼女に決して開けてはいけないと言い含めてピトスという箱を持たせ、プロメテウスの弟であるエピメーテウスの元へ送り込んだ。

そしてある日、パンドラは好奇心に負け匣を開けてしまう。するとそこから、様々な厄災が飛び出し、世界中に蔓延する。恐ろしさにパンドラが匣を閉めると匣の底に在ったエルピスだけが残った。

最後に「かくて、天帝の御心からは逃れがたし」という難解な言葉でこの神話は締めくくられている。


このエルピスと云うのが色々な解釈をされているわけだが、希望が残った時点で、人類に希望が無いわけで、この解釈は俺自身釈然としないところだ。未来を見る力がなかったために、定められた未来に対して無駄に足掻いて、悲劇を繰り返すという解釈も尤もらしいけど、抗うか、諦めるかの違いだけで結果は同じじゃないのかと考えてしまう。

結局、俺自身も鈴木部長と同じで、違うものだと考えてしまう。大体、あの抜けた天帝だぞ。周りの星々の迷惑を顧みず、色欲に負けて色々仕出かした奴だぞ。一体どんな贈り物をしたと云うんだ?

なんか、そこまで出かかっているもやもやとした気持ちが湧いてくるんだけど、鈴木部長の「サービスエリアに寄るぞ」の声に思考の淵から呼び戻された。


現在、時計は夜中の八時。これから腹ごしらえをして一時間後に出発。ほぼ予定通りの時間に京都南インターを出て、一〇時に参道登り口の清滝の駐車場に付いた。


 参道の入り口には至って普通の鳥居があった。その先をライトで照らすと石段が遥か奥まで続いていて、その先は闇に包まれている。なるほど、石段があるだけ登山道よりもましな感じだ。これから、二時間かけて、標高九二〇メートルほどの山頂にある愛宕神社まで、歩いていく。

 これくらいなら、勿来の関があった狗鳴山の登山より、足元がしっかりしているだけましだ。みんなも心霊スポット探索用のバックパックを背負い、サブマシンガンにライトと神水を装着すると準備OKだというように親指を立てている。

 俺も虎杖丸を腰に差し、静かに深呼吸をすると、深紅のオーラを身に纏う。こうすることで、夜目が効くようになり、また殺気とも云える霊をも察知できるようになるのだ。

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