第141話 みんなで暖簾を潜り外に出ると

 みんなで暖簾を潜り外に出ると、揃いのジャージを着た集団と入れ違いになった。

 きっと、負けた方のチームの親睦会がこれから始まるのだ。ジャージが揃っているということはそれなりにこの大会に力が入っているのだろう。

その後ろ姿を見ながら、さて、例会も終わったし、後は酔いを醒ましながら何をするか? そんなことを考えていた。

隣には美優がほほを赤くして並んで歩いてくれている。俺たちの前には、心霊スポット研究会のメンバーが話をしながら、大学に向かって歩いている。

「美優、これからどうする。八時まで暇だけど、飲んでるからどこかに出掛けるのはなー」

「ほんとにどうしようか?」

「だったら、ソフトボール大会でも見に行かないか? 今だと準決勝をやってるんじゃないか? けっこう、経験者で高レベルの試合をしているぞ」

 後ろを振り向いて俺たちに提案してきた鈴木部長。そうだな。うろうろする訳にもいかないし、野球部を引退してからは、積極的に野球をやるとか見るとかして無いな。

「美優。見ていくか?」

「うん。別に構わないよ」

 そんなわけで、みんなそれぞれの都合に合わせてバラバラと解散していくなか、俺と美優そして鈴木部長はグランドの方に向かって歩き出した。

「錬君、八時からのバイトに遅れないでよ」

「ええっ、分かってますよ」

 心配する留萌さんに向かって手を振り、最後の一人と別れた俺。留萌さんは法学部棟のゼミの教室の方に向かって行った。そういえば、学会の発表の手伝いをするとか言ってたな。そこで、ふと思ったことが口に出た。

「美優は、学会に出なくていいのか?」

「あれは大丈夫。勿来の関の件じゃあないから」

「そうなんだ……」

 そんな話をしながら、少し離れたところからベンチに座ってソフトボールを見ていた。隣で部長が色々と解説してくれる。

 あれはどこそこの高校の出身で、高校時代はこうだったとか。県大会じゃあどこまで行ったとか。話を聞いていると結構楽しい。高校時代に、予選大会のバックネット裏や、強豪校の練習試合にいった時にいた高校野球フリークのおっさんたちみたいだ。あの人たち、定年になって暇を持て余したおっさんたちが、近所の練習を見ているうちに、やたら詳しくなっていて、この地方の高校野球通で話してみるとすごく面白かったり、思わぬ情報が得られたりと飽きることがなかった。

 そんなおっさんたちと同類の鈴木部長が、俺に向かって面白い話題を振って来た。

「沢村君、あのバックホームの球、今考えると魔球だな」

「魔球?」

「ああっ、あの軌道とボールの伸び、二一世紀最大の発見と言われている魔球だ」

「まさか、こんなポンコツの肘と肩で?」

「いや、あの魔球は、ちゃんとした握りと腕の振りを習う前の少年野球の間では結構投げられているらしいぞ。人にとっては一番自然な投げ方らしいからな」

「一番自然な投げ方。言い方を変えれば一番合理的な投げ方……」

 俺はひとり呟きながら、体温計を振るように腕を振る。

「沢村、ここの大学にも野球部はある。遠慮することはない。お前の霊力は決して反則じゃない、持てる力のすべてをぶつけ合う真剣勝負こそが野球の醍醐味なんだ。」

 そう言って俺を試すような視線を向けてくる。俺はその視線に合わせた後、美優の方をみた。美優は少し微笑みながら頷いてくれた。

「部長、少し考えてみますよ」

「そっか……」

 部長はそれ以上は何も言わなかった。あとはただ目の前のソフトボールの試合を見続けていた。そうして、俺は久しぶりに野球を媒介にした長い一日を過ごしたのだった。


 それからの一週間は慌ただしかった。法文学部棟の正面学生課の前には、部長たちが言ったように、ミスキャンパスの法文学部代表の投票箱が備え付けられていて、学生証を提示することで誰でも投票することができた。

 当然、心霊スポット研究会一押しの美優への投票を呼び掛ける選挙運動が行なわれている。下馬評では、容姿、知名度ともトップクラス。ただし、特定の男と居るところが良く目撃されており、そこがマイナスだということだ。

 ミスコンだろ?! 純粋に容姿で勝負しようぜ。なあ、みんな!!

 まあ、そんなこんなで選挙運動は続く。まあ、買収行為だけは無いらしい。そりゃそうだ。立候補すれば、本選までは確実に進める。金や色気を使うより立候補届を出せばいいだけの話だ。

 そして、投票締め切りの金曜日の五時、「やるだけのことはやった」というお決まりのセリフを残し、俺たちは京都に向けて出発する。

 そうは云っても、今は一番車の多い時間帯だ。鈴木部長が乗って来たレンタカーの八人乗りのバンに乗り込み、まずは岡島神社を目指す。ここから高速を使って京都まで三時間ほど、一日目の予定は京都市最高峰の山愛宕山にある愛宕神社。実際、一番近くの清滝の登山口から二時間ほど参道を歩いて上るということなのだ。だったらその登山口に午後一〇時頃に付けばいいわけで……。

早速ついた岡島神社で、虎杖丸(いたどりまる)とか神水とか、サブマシンガンとか……、ちょっと待て! なんだこのサブマシンガンって? 外観はまさにサブマシンガン、片手で持って撃てるタイプだ。だがその上になにか装着できるような金具がついている。丁度、五〇〇ミリのペットボトルが装填できるような……。

「おっ、沢村、凄いだろ? モデルガンを改造した水鉄砲だぞ。理工学部で開発した小型圧縮ポンプでBB弾みたいな水玉を連続で飛ばせる。しかも射程距離は二〇メートルもある。五〇〇ミリのペットボトルで約一〇〇発の連射が可能な優れものだ」

 山岡さんが自慢げに俺に話し掛けて来た。

「これが秘密兵器ですか? かっこいいですね」

「私が理工学部に入ったのはこれを創るため。男子も積極的に協力してくれた」

 俺が食い入るようにサブマシンガンを撫でまわしていると、背後から麗さんがポツリと話し掛けて来た。そうかゼミは小型圧縮ポンプを研究開発しているゼミだと聞いたことがある。それに、こういったミリタリーを改造するのはオタクの本懐だ。

 こんなサブマシンガンが六丁に、神水が二リットルペットボトルに六本。今、岡島神社が準備できる最大の量らしい。なにしろこの神水は一か月で、一リットルほどしか取れないらしい。ざっと一年分だ。

「さあ、荷物は積み込んだか? 途中のサービスエリアで飯は食うとして、そろそろ出発するか」

「はい」

 そう返事をして車に乗り込んだのだった。

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