第138話 俺は飲みすぎないようにビールを

 俺は飲みすぎないようにビールをチビチビ飲んでいると、山岡さんが俺に言葉を掛けてきた。

「沢村~、お前なにチビチビ呑んでんの? もっと豪快にいかなきゃ!! ホームランを二本もかっ飛ばしといてそれはないんじゃない?」

「山岡さん。いや俺、八時からバイトがありますから……。それに、最後のエラーでホームランは取り消しですよ」

 そうなのだ。四回表までは、実は俺たちが勝っていた。それが四回裏、相手の攻撃で二アウト満塁、ライトに上がったフライを美優が落球。ランナーは全員スタートを切っている。

 中継に入った俺は、逆転を阻止すべく、ホームに送球、いい感じでキャッチャーの鈴木部長のミットにストライクのはずだったのに、送球は途中で失速してショートバウンドになり、部長のミットを弾いてバックネットにボールはテンテンと転がる間に、ランニングホームランになり逆転されたのだ。

 そして、そのまま試合は終わり、俺の暴投は、タイムリーエラーを記録したのだ。

すると、いつの間に俺の後ろに来ていた彩さんに頭を小突かれた。

「こら!! 錬。うちを敗戦投手にするとは、ええ度胸しとんな!! 今日はお詫びに全部、錬の奢りな!!」

「そんな~。彩さんそれはあまりにむごいです」

「そうですよ。彩さん。最初にエラーしたのは私なんですから」

 隣に座っている美優も必死になって俺を庇ってくれる。そうなれば、少し離れたところから大杉だって俺を助けてくれる。

「最終回、俺が錬にまで回していれば、まだ逆転の目はあったんです」

 しかし、この発言は彩さんの更なる怒りを買うのだ。

「大杉、その通りや!! あそこでお前が当たってでも塁に出とけば……。なんであそこでピーゴロなんや。それに、最後はへッドスライディングやろ。あの場面は!!甲子園の神さんに申し訳が立たんやろ!!」

 どうやら、一年生三人組がこの試合の敗因だったらしい。それにしても最後のセリフさすが関西出身の彩さんだ。それに助け船を出してくれたのは鈴木部長だ。

「まあまあ、藤井さん。最初から勝とうと思ってなかったから。それにこうやって昼間っから堂々と酒が飲めてるわけだし」

「まあ、うちは飲めたら何でもええんやけど……」

 そう言って、俺を後ろから羽交い絞めにする。ちょっと彩さん。背中に当たっているのが気持ちいいんですけど。俺は「ギブギブ」と言って、締めている手を叩くのだが、さらに、チョークを決めて頭を振り回すから、益々頭が胸に埋もれてしまう。彩さん。俺、凄く幸せなんですけど、一応は美優と付き合っているわけで、隣の美優の機嫌が悪くなっていくようなんです。

「いやあ、あの沢村君のバックホーム、投げた瞬間はストライクの好返球だと思ったのに、こっちが予想しているより、手元に来るのが早いし、なぜかベースまで届かなくてバンウドするしで、俺も慌てちゃって後ろに逸らしちまった」

「逸らしちゃまった?!」

 うん? この部長のイントネーション……。

 麗さんの矛先が完全に鈴木部長に向かった。

「このー。軟弱な江戸なまりをしゃべんな!!」

 俺を羽交い絞めにしながら、部長に悪態をつく彩さん。カオスだ。

そうか……、関西人からみたらあれは訛りなんだ。

 そこで、意外な方に話を振ってくれる人物がいた。大杉だ。

「ところで、あおの応援に来ていた人は沢口さんの知り合いですか?」

「ええっ、そうよ。ドーヌム・ホムニス教授。天才外科医にして、天使のようなあの美貌。まさに、天は二物を与えたもうたって人よね」

 確かに遠目でもあの人のスタイルの良さ、顔立ちの美しさは群を抜いていた。それに目立つ白髪。麗さんの色白さが霞むほどの人だ。それに麗さんと話し込んでいたみたいだし。

 その疑問を彩さんが代わりに麗さんに訊ねてくれた。

「そう言うたら、麗と結構話し込んでいたやん。麗の知り合い?」

「あの人が兄の検死をした監察医」

「「「「うそー!! まだ二十歳ぐらいだろう?!」」」」

 一斉に上がった疑問の声。そういえばそんな話を沢口さんから聞いたような……。ここにいるみんなは美優を除いて、直接、麗さんから聞いているはずだ。なのに、あの人の外観は二十歳ぐらいにしか見えなかった。確か麗さんの兄さんが死んだのは麗さんが小学校六年生の時だから、いまから一〇年も前のことだぞ。

「そんな……。じゃああの人って三〇は過ぎてるってことなの? そういえばあの人アルピノって言ってたわよね。だから、髪も肌も真っ白なんだ……」

 誰かがそーっと呟いた。留萌さんあたりだろうか? 確かに女性の年齢を推測することは憚られるけど……。そのつぶやきを拾うように沢口さんが答える。沢口さんは教授のことが話題になるのが嬉しそうだ。

「そうなのよ。西アジアの方から留学してきたのは一五年ほど前、それから、姿形は全く変わってないらしい。私が大学に入学してから七年間、全く変わってないし。それに、手術の腕は超一流。この私でさえ見惚れてしまうもの。医学部じゃあ、「二重の奇跡(ダブル ミラクル)」って呼ばれているわ。麗さんから話を聞いてまさかとは思ったけど、やっぱりそうだったんだ。それで麗さんは何を話していたの?」

「兄の件で謝られただけ」

「やっぱり。でも、おかしいのよね。だってあの先生、遺族に遺体を返さないでそのまま焼いちゃうってなんて……。この間も機械に挟まれてぐちゃぐちゃになった遺体を検死後、奇麗に縫合して遺族に返していたのよ。周りの医者はすでに死んでるのにって陰口をたたいていたけど、遺族の方は生前のままだって涙を流していたのよ。その完成具合をみて、私、整形するならこの先生だって確信したんだから」

「沢口さんがそこまで言うなんて……。本当に凄い人なんだ!」

 美優は変なところで感嘆しているけど、整形なんて美優には必要ないからね。俺が至極当然な感想を持ったのだが、麗さんと沢口さんの会話は続いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る