第137話 前期試験が終わると

 前期試験が終わると、法文学部棟内で恒例となっているソフトボール大会がある。法文学部に所属してれば誰でも参加可能。九人のメンバーを揃えて参加申込届を申請すればいい。意外と野球フリークの鈴木部長の一声で、山岡さん、田山さん、そして彩さんの心霊スポット研究会の二回生、それから俺と美優と杉山の一回生、無理やり参加させた留萌さん。後はごり押しで参加した法医学教室の沢口助教授のお蔭で何とか九人のメンバーを揃えて参加したのだ。

 それにしても、法という字かあるということと、法学部の講義も教える側で受け持っているという理由で、実行委員会に直談判した沢口さんはそんなに野球がしたかったのだろうか……?


 それで今、休みの日に法文学部のグランドに朝から出てきて、試合開始前の練習を行っているところなんだ。心霊スポット研究会の要、麗さんは本日は応援だ。

 鈴木部長と肩慣らしのキャッチボールをしていると、感動気味に話しかけられた。

「それにしても、天下の沢村君とこうやってキャッチボールができるなんて感激だ!」

「鈴木部長! 言いすぎですって」

「そんなことはないさ。もし肩を壊していなけりゃ今頃プロになっているか、六大学辺りでバリバリやっているだろう。それにしてもあのブーメランカーブの完成の時期が違っていればなあ……」

「……すみません。俺が焦ったばっかりに……」

 部長は俺の力を買い被りすぎだ。そんな簡単にプロになれるわけがない。しかし、ある意味部長の気持ちを踏みにじったわけだから、ここは素直に謝って置く。

「それに、あの沢登さんのお兄さんとの幻の対決が実現していたら……。見てみたかったなあ……」

「僕も高校時代に沢登さんの話なら聞いています。六年も前の先輩なのに、この地区の高校球児にはレジェンドですよね。ほんとに凄かったみたいで、打てない球はない。ここっていう時の集中力は化け物だったって」

「ああっ、凄かったぞ、俺の期待を一〇〇%実行して、相手の願いを一〇〇%打ち砕く。筋書きのないドラマの中で、打つべき時に打つ。唯一筋書きが確定しているスラッガーだったな。勝利の女神さえ彼の前では道を譲らざる負えないと思ったぐらいだ」

「そうなんだ。俺も実際には見てないですからね」

「それにしても、このくらいの距離ならキャッチボールも出来るようになったんだな」

「ええっ、まだ、痛いんですが、腕を相手に向かって縦に振るんじゃなくて、捻るように投げて最後は右の掌を外に向けるように腕を振ると肘に負担が軽くって投げられるんです」

 鈴木部長は、俺の言葉を聞いて腕を振っている。

「なるほど、手首の返しをほとんど使わなくて、体温計を振るように手首を横に振れば、肘に掛かる力を逃がすように腕が振れるんだ。……でも、なんか独特の軌跡のボールだな」

「そうですか? 自分では分からなくって……」

「大丈夫だよ。セカンドからファーストに届けば問題ないから」

 そんな感じで今の俺は、素人より酷いプレーしかできない。それに男女混合チーム。ハンデを女性一人に対して一点、合計四点を貰って試合を始めるんだが……。


 一回戦であっさり敗戦。対戦成績は一〇対八。反則だが霊力を使ってホームランをかっ飛ばしたが、相手チームは元々軟式野球同好会。野球経験者にして現役だ。この大会、大体がクラスやサークルの親睦を図るために行われているのだ。この男女混合チームとしては善戦したと云える。そのチームから俺も代打専門でと勧誘を受けた。まあ守備は使い物にならないと言われたわけだ。

 それにしても、最初から勝てるとは思っていなかった。まあ、みんなこの後の打ち上げを楽しみに参加しているわけで、昼間から酒を飲むための言い訳なのである。

 そんな中、試合中に変わった人が応援に来ていた。真っ白い人としか言いようがない人で、肩までのストレートヘヤーは真っ白いで、その肌も青白い。西洋人いや中東系と思われる顔立ちは整っていて一部の隙も無い。そんな人が白衣を着ているんだから真っ白な人としか言いようがない。


 その人を沢口さんが見つけて手をふると、向こうも振り返しているのできっと沢口さんの知り合いなんだろう。そして、麗さんがその人をみて驚いていたようだ。その人も少し驚いたようで麗さんとは既知の仲なのだろう。しばらく話をした後、その白い人は野球の結果を観ずに帰っていった。

 また、美人と関わってしまった。まったく、この大学に来てから美人と出会う確率が異様に高い。あり得ない奇跡に潜むオチに、再び翻弄されることになるのだが、その時はまだ俺自身は知る余地はない。

 まあ、美人じゃなけりゃあ事件にならない。これは昔話から続くお決まりであり、事件は事件と認識されなければ、事件には成らない。サスペンス物で「美人○○……事件」で美人が無ければ誰も見向きもしないのだ。

 

 そして、俺たちは昼前からいつもの居酒屋勝ちゃんに居る。

「今日はお疲れさま! ソフトボールの方は残念な結果になったけど、久々に全員が集まっての飲み会だ。それに今日は全員が幸運にも飲める機会に恵まれた。日頃のうっぷんをはらす良い飲み会にしょう。それじゃあ、乾杯!!」

「「「「乾杯!!」」」

 ビールの入ったジョッキをお互いにぶつけ合う。

 それにしても、今の会長の挨拶おかしくなかったか? 幸運にもって言ったけど、確かに最近の例会では俺は酒を飲んでいない。でも試合に負けたでしょ。そのおかげで、八時からバイトの俺と留萌さんは少しぐらいはお酒が飲める。外国人なんかは昼休憩の時にワインとか飲んでいるらしいから。しかも、一一時から居酒屋に予約を入れているのって、初めから勝つ気がないよね。試合は昼間っから飲むための口実って感じで、鈴木部長の挨拶の後半部分はサラリーマンの挨拶そのまんまだよね……。まあ、いいか。この大会のために大学周辺の居酒屋も朝から店を開けているという力のいれようだ。

 みんな色々と野球談義に花を咲かせている。それなりに本格的な解説もあり、みんな野球が好きなのがうかがえて嬉しくなる。

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