第113話 俺自身もどう防げばいいのか分からない
俺自身もどう防げばいいのか分からない。刀葉林はあの般若の邪気を吸って刃に変わっているようだ。こうなれば、あの般若をぶち殺してあの邪気を出せないようにするしかないか。
だが、あの般若が邪気を出す前に仕留めることができるか? 距離およそ五〇メートル全力で肉薄したとして……。ダメだ。奴の邪気が膨れ上がって扉を消し飛ばした瞬間、俺は何が起こったか分からなかった。そして先ほど見せつけられた斬撃より速い刀葉林の反応。
始めて命を弄ばれる感覚に俺は心底怒りを感じている。
「なんじゃその反抗的な顔は? 今すぐ串刺しにしてやろうか?」
ニヤニヤ笑う般若面(はんにゃづら)に対して身動きが取れない俺。奴は俺が少しでも不穏な動きを見せれば、すぐさま、地獄の邪気を発する違いない。
「沢口さん。さっきのブーッてやるのは恰好良かった。瑠衣だって霧を吹くよね」
そう言って、みんなにペットボトルを渡している。
麗さんは何を言っているんだ? それが何を意味しているんだ。
「末期(まつご)の水かえ? 般若の情けじゃ三つ数える間だけ待ってやろうかね」
そう言ってケタケタ笑う般若。
俺は虎杖丸を逆手に構えそして隙を伺う。麗さんがなにを考え、思い付いたのか分からない。でも信じるに値する結果を常に出してきた人だ。俺は麗さんを信じあの般若を殺(や)ることに専念する。麗さんのやることはきっと般若の度肝を抜きその瞬間に隙ができる。
「さん! に! 」
みんなはペットボトルの水を口に含んでいる。
「いち!!」
般若がそう叫ぶのと同時に、邪悪な圧が膨れ上がる。それと同時に四方八方にみんなが霧を吹いたのだ。
「な、なんじゃ?!」
般若が驚愕の表情を浮かべたのも一瞬、俺は、刀葉林の群生の隙間を跳躍する。天井、地面、壁面、わずかな隙間を求め、立体的に洞窟の壁を駆け抜け、般若と交錯する。
確かな手ごたえ。般若の上半身と下半身は真っ二つに分かれていた。
「ど、どうして?! われの術が破られたんじゃ!!」
上半身だけになって、自ら刀葉林の上に横たわる般若の叫びを聞き、その時初めて麗さんの方をみた。いや、麗さんが何とかしたとして、美優たちはどうなったんだ?
俺の目に飛び込んできた景色は、そんな不安を一掃し、そして……、何が起こったか理解できた。
みんなを取り囲む刀葉林の刃は、枯れたようにボロボロにさびて、そして、シワシワに縮んでいる。麗さんがやったこと。それは神水という除草剤を刀葉林に撒いたのだ。それも般若に気が付かれないよう巧妙に。
地獄の邪気を吸って成長するなら、天星界の神気を含む神水は、まさに刀葉林の成長を阻害する除草剤になるだろう。それを口に含んで、毒霧のように吹く。まさに刀葉林にとっては毒霧だった。刀葉林もただの地獄の草花だったということだ。
俺は徐々に砂に変わりつつある般若に向かって言った。
「除草剤の散布」
「除草剤?! あははははっ。なんとも常識外れのやつらよ。ではなぜわらわの誘惑が効かなかった?」
誘惑? あのマネキンもどきで誘惑されると? そう云えば鈴木部長もマジカルミミちゃんのリアル三次元とか言っていたな。
「なぜ、あんなものに誘惑されなきゃいけないのかこちらが訊きたい」
「わらわの幻惑をあんなものとは! あははははっ、われは淫魔(いんま)失格じゃわい!」
そう弱々しく笑うと般若は霧散していった。般若が霧散していくと同時に刀葉林も枯れて茶色く萎れている。さらに奥へと続く洞窟の先には扉も見えた。
「衆合地獄……。クリアーか」
俺が独り言を吐くと、後ろからみんなが駆け寄ってくる。
「錬。やったね」
「ああっ、なんとかな」
「しかし、洞窟の壁面を利用した立体移動。かっこ良かったわ」
「彩さん。ありがとうございます。それにしても麗さんよく気が付きましたね」
「バイオテクノロジーは今の理系では必須」
「本当にね。それより、刀葉林の品種改良をしてみたいわ」
沢口さんが品種改良したメスがいっぱい生えている刀葉林が頭の中に浮かんだ。それにしてもさすが理系の二人だ。このピンチに二人の機転に助けられた。
一通り、みんなの無事を確認しあった後、次の扉に向かいながら、美優が興味深々といった感じで聞いてきた。
「ところで錬、それに鈴木部長、あの般若、最初は何に見えたんですか?」
「俺かあー。なんか半裸のマネキン? みたいなもんに見えた。部長はマジカルミミのリアル三次元だったらしい」
「あっ、バカ。なんで沢村言うんだよ!」
あれ、秘密にしとかないといけないだっけ? そういえば、あの時、部長は小声だったよな。俺がしまったと思っても後の祭りだ。彩さんはそれを聞いて、大声で笑いだしたのだ。
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