第112話 これって、地下に潜って行ってるんでしょうか?
「これって、地下に潜って行ってるんでしょうか?」
俺の問いに部長が答えた。
「さあな? それにしても、この迷宮ラピュリントス、地獄の一部を切り取ってここに持って来たみたいだな。地獄の美術館といったところか」
「部長、何言ってるんですか? ここは美術館なんて甘いもんじゃないです。体験型アミューズメントって言った方がしっくりきます」
「なるほど、言い得て妙だな。それがさっきの答えじゃないか? いずれにしてもここは時空の交差地点と考えるのが妥当だろう。だから三次元の常識で上とか下とかいうのは無意味だと思う」
「そういうことですか。なら美優はその交差した時空のつなぎ目がなんでわかるんだ?」
「錬、その事なんだけど、私自身も訳わからないんです。この空間の出口、鈴木部長の話だと時空のつなぎ目だけ、空間が網目のような線に見えて、その線の歪みへこみが分かって、その先の景色さえ網目で描かれた線の世界が見えるの。どうしてかな?」
「沢井さんには、そういう風に見えているんだ……。僕にもなぜそう見えるのか説明がつかない」
そう云うと、部長は何か考え事をしているかのように、線、一次元、とぶつぶつ言いだした。
「まあ、しいて言えば天星人、ベネトナッシュさんの子孫だからとしか答えられないなあ。でももし、天に描かれたおうし座が天帝の姿を変えたものだとしたら……。いや、そんな偶然があるか……」
そこまで言って、部長は言葉を濁す。今までも、天帝が絡んだところに仕組まれた偶然という必然があった。それこそ、北極星の化身、天帝の加護と云えば加護と云えるような出来事が。
じゃあ鈴木部長が描く偶然とは何なのか? ここまでそんなことがあったか? いやなかったような気がする。まあ、根ほり葉ほり聞くほどのことじゃない。鈴木部長だって確信は持てないと言っているんだ。変な期待を持って、それが油断に繋がる方が怖い。
俺は気合を入れ直した。洞窟の先に再び扉が現れたのだ。
俺の方ももう慣れたものだ。扉の向こうに殺気を感じないことを確認して、左右の取っ手を捻って一気に開け放った。
「……これは?……」
扉の向こうはまた洞窟、ただしその壁面には、地面や壁、そして天井にも笹のような大小の葉っぱがこんもり茂った群生が、不規則だがかなりの密度で生い茂っているのだ。
なんだ? ここは地獄じゃないのか?
俺は躊躇して扉から先に進めないでいた。するとその群生の奥から人影が現れた。
踊るように俺を誘う人影、目を凝らせば、その姿は半裸で遠目に見ても、スタイルは抜群、俺の理想の体型ではあるが……。その顔には表情がない。まるでマネキンのようなのだ。人肌の質感を持ったマネキン。俺の目には映る物体はホラー以外の何物でもない。
警戒する俺の耳元で鈴木部長が俺に囁く。
「沢村君、あれ何に見えている?」
何か声を落とさないといけない理由でもあるのか。俺の小声で囁いた。それにしても「見える?」じゃなくて「見えてる?」って
「マネキン」
「そっか。僕にはマジカルミミちゃん。二次元が三次元になって、本物のうさ耳が頭についていやがる。こんなおぞましい現実を突きつけられたのは初めてだ。……沢村、一思いにやってもらっていいか!」
鈴木部長の焦燥とした声が耳に聞こえた。二次元に書かれた美少女を三次元でリアルに見せられる。部長は俺と違うものが視えているらしい。しかもそのおぞましさは俺の見ているレベルと同等らしい。声のトーンには自分の大切なものを踏みにじられた怒りも混じっていた。そして、俺自身も部長の意見に否はない。
「ラジャー!!」
一声発すると、そのまま、霊力を纏いながら虎杖丸を居合抜きの要領で抜刀する。そして、そのまま斬撃を五〇メートル先のマネキンもどきに飛ばした。
その斬撃を阻むように、一瞬にして群生している葉が生い茂ったかと思うと刃に変わり、飛ばした斬撃を何重にも重ねた刃によって防ぎ切った。それこそ、壁一面の笹の葉が刃に変わっている。
「刀葉林?!」
美優が絶句している。刀葉林と云えば衆合地獄の生い茂る葉っぱが刀の植物。ということは、あのマネキンもどきが男を誘惑する絶世の美女?
「あれが……? 絶世の美女?」
隣の鈴木部長も俺と同じことを考えていたらしい。
「なぜ、わらわの誘惑に靡(なび)かん男がいるのじゃ?!」
マネキンが般若面に変わり、その形相は、嫉妬と恨みを湛えた鬼女の顔に変わる。そして、その怒りが膨れ上がったと思ったら、いきなり周りが刀葉林に囲まれている。
「さあ、どこから切り刻んでやろうかねー」
余裕を見せる般若面(はんにゃずづら)に吐き気をもよおすほど嫌悪する。
「俺たちはまだ扉を潜っていなかったはずだが?」
いきなり周りを刀葉林で囲まれて、時間稼ぎに嘯(うそぶ)いてみたんだが……。背後から聞こえる声に俺はますます焦りを感じてしまう。
「そんなことより、どうするんです。刀葉林に囲まれて……。さっきみたいにこの葉がいきなり刀に変わったたら、私たちの刺殺体の出来上がりよ!」
沢口さんの声が震えている。話には聞いているが、さすがに一〇八の大小の創痕を目の当たりに見た沢口さんが自分の死を予感して絶望にくれるのも仕方ないことだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます