第111話 さすが神話の世界に出てくる神獣だ

 さすが神話の世界に出てくる神獣だ。その動きの速さもさることながら、一度見せた斬撃はすでに見切られているみたいだ。

 さて、どうするか? 一瞬の睨み合いの後、俺が飛ぶタイミングを見計らったように、左右から獅子神がケルベロスにとびかかった。だが、相手は三つの頭を持つケルベロス。左右の頭が素早く動き、それぞれの獅子神をその牙で捉えんとする。その姿に違和感を覚えた俺、獅子神の動きに対応するのは、それぞれの頭だけ胴体の方はどちらにも動こうとしないのだ。さらにどちらに加勢するべきか戸惑う真ん中の頭。

 こいつら、三つの頭の反応に胴体が付いて行っていない。その考えが浮かんだのは刹那の時間。

 俺は虎杖丸を大上段に構えると、唐竹割のごとく一気に斬撃を伴い振り下ろす。

獅子神をその顎に捉えた左右の頭の目、そして、俺の動作をただ見ているだけの真ん中の頭の目。三つの思考が交差するその刹那の隙を突く。

「虎爪牙斬(こそうがざん)!!」

 全く動けないケルベロスの頭から胴体に向かって真っ二つに切り裂き、その斬撃の勢いは地面まで亀裂が奔っている。

「はあーっ」

 思わず大きく息を吐く。呼吸が合わなかったため、今まで無呼吸で動き回っていたみたいだ。そして酸素を大きく取り込むと、途端に肩の痛みが、心臓の鼓動と共にじんじんと増してきたのだ。

 そんな俺にみんなが駆け寄ってくる。

 そして、ボタンを乱暴に外し、俺の肩をむき出しにしたのは沢口さんだ。

「うーん。かなり深い傷ね。あと少し深かったら動脈を損傷していたわ。消毒液が欲しいところね。あと縫う道具があればよかったんだけど」

「消毒液よりいい物」

 そう言って、沢口さんに麗さんが神水の入ったペットボトルを渡している。

「その手があったね。まったく、昔はいい治療薬があったねって云うか、あなた一体何を目指しているの?」

「ただの神主?」

「いやいや、只の神主が身代わり出したり、式神を操ったり、傷を治したり、意味分からないでしょ!!」

「じゃあ、シャーマンで」

「シャーマンって、今の日本にそんな職業はないから!!」

 二人で何を楽しく談義を重ねているの? 確かに麗さんがどこを目指しているのか興味のあるところだけど……。そんな話は置いといて早く治療を始めて欲しい。すると、俺の気持ちが伝わったのか、沢口さんは神水を口に含み、俺の肩の傷に向かって霧を吹くように吹き付けて来た。

 ちょっと待て、現代の医者がそんなことをするか? 

「いや、一度やってみたかったのよ。いかにも、こういう場面で、治療器具も無く絶対絶命って場面に登場するできるドクターって感じがするよね」

「沢口さん。それって江戸時代の小石川養生所の伊織先生ですか? あまり意味のある行為とは思えないんですけど」

「なにを言っているのよ。ほら大丈夫。私は名医だから」

「でも、前に患者を診たことがないって」

 そこで目を逸らして鳴らない口笛とか吹かないでください。

「後は止血のために傷口を縛らないと」

「だったら私のサラシで!」

 そう言うと美優が、甚平の胸をはだけてサラシを解いている。そして、二捲きほど解くと、サラシを口に咥えて奇麗に裂いた。ちょっとドキリとしたが、大丈夫だ。そのくらいだと胸も露わになっていない。

 沢口さんはそのサラシを受け取ると、上手の俺の肩に巻き付け、きつめに縛って治療は完了だ、

「どう?」

「神水のお蔭で大分痛みは治まりました。上手く傷口を押さえてくれているので、動かしても大丈夫ですし、血も止まった感じがします」

 沢口さんに訊ねられて、肩を回しながらそう答えた。

「うんうん。私のサラシの巻きかたが上手いからね」

「神水は治癒能力を高める。副作用がない究極の薬」

 沢口さんの自画自賛を、麗さんが即座に切って捨てる。

「本当に、こんな薬があればいいんだけどねー。まあ、こんな得体の知れない物、厚生労働省は絶対に認めないよね」

「だろうな。それより次のステージに進む算段をつけよう」

 鈴木部長にとって迷宮ラピュリントスはゲームのダンジョンか何かと勘違いしてるんじゃないか。次のステージって言っちゃてるし。

「はい、私この空間の出口を見つけました」

 それに、さっきから何かに目覚めている美優が空間の一点を指さしている。

「沢村君、それじゃあよろしく」

 部長は俺に軽い調子でそう言ってきた。部長はこの美優の能力について何か知っているのか? そんな疑問が頭に浮かぶが、とにかくこの地獄、迷宮ラピュリントスから無事脱出する方が先決だとすぐに頭を切り替え、虎杖丸を八双に構える。

「はあっ!!」

 そして気合一閃。虎杖丸で袈裟懸けに空間を切り裂くのだった。

 そして、その先に見えたのはまたもや洞窟。俺たちは再び、薄暗い洞窟を進むことになった。

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