第110話 そんな話をしながらも
そんな話をしながらも、さらに洞窟を奥に進んでいく。周りの耳に入ってくる会話を聞く限りは、沢口さんも大分なじんできているようだ。美優や留萌さんがする杉沢村や犬鳴村の話を沢口さんが熱心に聴いているようだ。さっき俺たちの力云々の話が出たが、俺たちも最初からこの不思議な力があったわけじゃない。それこそ運命に導かれたようにと云うのは言い過ぎだろうか……。
それにしても、俺が無敵のように話すのは二人ともやめて欲しい。沢口さんは感心しているようだが、それぞれの戦いは、偶然が重なり命を拾ったようなものだったんだ。
そんな俺の心の声は無視され、盛に盛られた英雄譚に羞恥心が限界に達し、心が折れそうなった頃、やっと次の扉に着いたのだったのだ。
扉の中からは野獣が唸るような声が聞こえてくる。この扉の先は等活地獄に違いない。魔物化した動物がわが物顔で闊歩し、亡者どもを食い散らかす。魔物相手なら俺の得意分野だ。ここは俺の独断場か? 墜落に熱湯そしてスカイフィッシュ、ここまでは俺の出番が少なかったような気がする。
俺は自信満々で扉の取っ手に手を掛ける。そしてみんなの方を向いて無言の確認を取った。みんなも無言で頷いている。その中でただ一人美優だけが俺に向かって声を掛けてくる。
「錬、気を付けて」
「おう、分かっている」
俺は、取っ手を回し、両開きの扉を押し開ける。と同時に中からオオカミを二回りは大きくした巨体が飛び出してくる。
「そう、来るのは読んでいたぜ!!」
俺は居合抜きの要領で、すれ違いざま虎杖丸を水平に振るう。そしてなんの抵抗もなくそのまま振り抜く。会心の一撃というやつだ。野球でも本当に真っ芯で捉えた時はなんの手ごたえも感じず振り抜けるものだ。
俺の後方では、一拍遅れて巨大なオオカミが頭を飛ばしどす黒い血しぶきを上げる。麗さんが懐から呪符を取り出し人差し指と中指で挟み、警戒している。しかし、切り倒された魔物はそのまま地面に倒れ込むとやがて霧散して消えてしまった。
あの護符は、式神を呼ぶためのものだ。それなら後背に憂いはない。俺は扉の中に飛び込んだ。
そして目の前にある光景は、普段見ている動物園の肉食獣を倍にした図体に、目が爛々と輝き、大きく開かれた口からは鋭い牙が覗き、絶えずよだれを垂らしている。
さらにキマイラのように、頭が二つの物や、その背には蝙蝠や猛禽類の羽が生え空を飛び回っている奴もいる。さらに、サメやシャチのような奴まで空を飛んでやがる。
そこで初めて気が付いたが、この空間、洞窟の壁が全くないサバンナに迷い込んだようにどこまでも広がっているのだ。
「ちっ、こいつら狂犬病のようだ。狂気に殺気、どいつもこいつも頭が逝かれてやがる!!」
それらが一斉に俺に襲い掛かってくる。背後では、麗さんの鋭い声が聞こえた。
「獅子神 顕現!!」
扉の中に入って来た麗さんがみんなの周りに、狛犬に似た式神を展開した。それと同時に俺たちが入って来た扉の姿は忽然と消えてしまった。さっきの叫喚地獄と同じ俺たちの退路はなくなった。だが、悪いが式神たちに出番はないぜ。
俺は虎杖丸に霊力を纏わせた炎の刀身を身構える。魔物の数ざっと五〇。そういえばこの等活地獄で犠牲になった噛殺死体の歯形は四九だったか?
魔物との距離二〇メートル。距離を詰める魔物に対して俺は腰を落とし抜刀の姿勢を取る。
「八方偃月斬(はっぽうえんげつざん)!!」
弧を描く斬撃が八方向に飛んでいく。その射程距離およそ一〇〇メートル。見た目にはたった一振り。広範囲魔物を効率よく屠るために、一つの斬撃で数体は確実に仕留めるタイミングで放ったのだ。これぞ身体強化による動体視力のなせる業だ。
大地が魔物たちの血で染まる。ほとんどの魔物に刃を突き立てることができたようで肩で息をしながら安どする。どうやら、霊力を大分消費したようだ。
俺が呼吸を整えているのが分かったのか? 俺の背後から麗さんの式神の獅子神が走り出して、深手を負った魔物たちの喉元に食らいつき止めを刺している。問題は魔物たちの死骸を貪り食うひと際大きい三匹の狼たちだ。俺の八方偃月斬を喰らって、傷口が開いてその内蔵を滴(したた)らしているにも関わらず、その狂気の目は死んでおらず凶暴な牙は、仲間の魔物の肉を食い千切り咀嚼する。この行為が何を示すのか? 俺はその光景に驚愕する。
オオカミの傷口は見る間に塞がり、その体躯は膨張を始めた。そして、三体が融合し一つの体に三つの頭の化け物に変わる。
他の魔物の魔力を吸収し融合しやがった!!
「ケルベロスか?!」
地獄の番人ケルベロス。三つの頭を持つ犬。尻尾は龍の尾尻と蛇のたてがみを持っている。
俺は再び息を吸いそして止め、ケルベロスの動きを注視しようとしたところで、いきなりケルベロスが俺に襲い掛かってきた。
速い! 先手を取られ、しかも呼吸が合わず、俺の動きに一瞬の戸惑いがあった。
相撲の「待った」じゃあるまいし、その戸惑いが見逃されるはずもなく、瞬時の判断で大きく躱そうとした俺だったが、わずかにスピードが及ばず、俺の肩に向かった右の頭の牙が霞めていく。たったそれだけで俺の左肩は抉られ、その拍子に地面を数メートル転がった。
追撃の手を緩めないケルベルスに、俺は二度三度と斬撃を飛ばすが、鋭いスッテプで斬撃をかわされている。俺も爪を躱しながらさらに転がって、後方に飛ぶと片膝をついて体制を整える。
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