第109話 どうしよう?!

「どうしよう?!」

 留萌さんの声が切なく響く。でもそれに被(かぶ)せるように美優が叫んだ。

「大丈夫!! 錬がいるから、絶対に私たちは守ってもらえる!!」

 なんだよ。その無敵感。俺はそんなに万能は人間じゃない。しかし、俺の腕を掴む美優の腕に、俺が纏っている虎杖丸の霊力が流れ込んでいるのが分かる。どうして美優が神の霊力を受け入れることができる? そんな疑問が浮かんだが、美優の次の言葉でさらに混乱する。

「大丈夫。私にはなんとなく見える。この景色は幻。私が先導するから、錬は守りながら付いてきて」

 美優が先導するだって? 一体なにが起こっているのか? 俺は鈴木部長の方を見る。部長は戸惑いの表情が浮かんでいるが、美優を信じろというように頷いている。部長に何か考えがあるというなら……。

「美優、やってみろ。なにがあっても俺が守ってやる」

「うん」

 俺の言葉に力強く頷くと、一歩ずつ足を進め、ついには、気泡が弾ける熱湯の水たまりに足を踏み入れる。俺はすぐにでも救いだそうと身構えるが、美優はそのまま水たまりの上を歩いていく。そおして、美優の後を付いていくが、確かに熱湯の水たまりの上を歩いても熱も感じないし、足が濡れることもないのだ。

 さらに大きな熱湯の池のようなところにきても、美優は池を覗き込むように見回し、慎重に池の中に入っていく。

「美優!!」

「大丈夫。これも幻だから、でも、本物は紙一重であるからから絶対に私の歩いた後を付いてきて」

 俺が声を掛けても、こんな調子で熱湯池を進んでいく。一体美優の瞳にはこの池はどのように見えているのか。右に行ったり左に行ったり、ジグザクに歩きながらとうとう池を渡り切ってしまった。俺たちも意味が分からないと思いながらも美優の歩いた後を行く。

 はたから見たらとんでもなく奇妙な光景だろう。わざわざ地面の在る所を歩かずに、熱湯の噴き出る上を歩いて行くのだ。しかも、その地形は常に姿を変え、地面の有ったところはいつの間にか熱湯が噴き出し、有るところは崩れ、奈落の底で灼熱の溶岩のようなものが流れている。

 そんな危険な綱渡りを二〇分は続けただろうか。着ているものは汗まみれになり、この暑さで精神も肉体もほぼ限界が近いというところで、やっと美優が立ち止まった。

「錬、この場所に出口がある」

 美優が何もない空間を指さして言う。

 俺は頷き、虎杖丸を鞘から抜くと、気合を入れその刀身に霊力を纏わす。わずか一尺半ほどの刀身は赤い炎を纏いその刀身は倍以上の長さになっている。そして気合一閃。

「はあっ!!」

 掛け声とともに袈裟懸けに振り落とす。

 すると何もなかった空間に亀裂が入り、その先には洞窟が見えた。

「さあ、みんな早くここからでましょ」

 その亀裂から美優が飛び出し、みんなが後に続いた。そして俺が最後に亀裂に飛び込むと叫喚地獄は音を立ててその空間ごと崩壊していく。まるで空間自身がなかったようにうねり悲鳴をあげ断末魔のようにのたうち回る。熱湯があちらこちらから噴き出し、地面を塗りつぶすように飲み込んでいく。そしてやがて亀裂が塞がりこちらからはどうなったか預かり知ることができなくなった。


 その圧倒的なパノラマ破壊に飲み込まれて、気配を探ることがおろそかになってしまっていたが、改めて周りを見回すと先ほどの洞窟が続いているようだ。

「今のが水死の真相、あの犠牲者はあの熱湯に飲み込まれ死んだというのですね? それであなたたちは何か不思議な力を持っていて、こんな奇跡を起こしているんですね?」

 いきなり沢口さんにそう尋ねられてドギマギする。

「そういうことだと思います。まあ色々経験するうちにね。沢口さん、これって事故死なんですかね。もっともここに生け贄として誘い込んだ奴が殺したと云えばそうなんでしょうけど?」

「いや、私は犯罪者を追う立場じゃないです。ただ、私の検死が正しかったことが分かればいいんです。それに私って小さいころから勉強ができて、神童って言われたりして、こんな世界があることなんて信じていなくて……、あなたたちの方がよっぽど神童なのに……。ごめんなさい、バカにしたような態度を取っちゃって」

 沢口さんはこうして水死の真相に触れた。しかし、まさか自分の命を掛けて自分の好奇心を満たすことになるとは思わなかったんだろう。顔色も少し青白くなっている。まあ、俺が沢口さんよりバカなのは事実だと思うから、沢口さんにこんな世界があることを知ってもらって少し誇らしく感じている自分もいる。


 そして、美優には俺の聞きたかったことを彩さんが聞いていた。

「なあなあ、なんで美優はあの空間がまやかしで、あの熱湯の場所が分かったん?」

「なんでかな? 何となくわかったの。さっきの黒縄地獄と同じで、目に入るものすべてが線描写なっていて、色を失って薄ぺらで透き通って見えたんだ。何だろう? 自分がロボットになって、視界がレーダーになった感じ?」

「なんか、イメージでけへんなー」

 彩さんは美優の表現が良く分からなかったみたいだけど、俺には何となくわかった。きっと美優はあらゆる物体がただの線に見えていたんだ。そして一次元の線であることで隠された景色の向こうまで、すべて線に変わって見えたんだ。

 俺の感想と違って、麗さんのはいつもの調子だ。

「美優から虎杖丸の霊力を少し感じる」

「そっか、私も錬みたいに、霊力を受け取れるようになったのかな?」

「それはあるかも知れないな。なにせ、沢井さんもベネトナッシュさんの子孫だというのはほぼ間違いないだろうし」

 麗さんの言葉に驚き、部長の言葉に納得する。だから、美優にはさっきの空間がまやかしだと分かったのか? さっきもそうだけど、俺はベネトナッシュに憑依されても、そんな風に世界が見えたことなんてないんだけど? 

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