第108話 鈴木部長が話し始めようとすると
鈴木部長が話し始めようとすると、沢口さんが口を挟んできた。
「ちょっと待って、それは専門家の私から説明するわ」
「それは言えているか。僕だと細かいところが説明できない」
「あのね。沢村君、沢井さんの言った二重螺旋構造って聞いて何か思い出さない?」
「えっと、僕生物はあまり得意じゃないんですけど……。DNAの構造ですか?」
「当たり、さすがうちの大学生。その螺旋構造は四種類の塩基が規則的に並ぶ二本のポリヌクレオチド鎖が反平行に配向して右巻きの螺旋構造の形を取るんだけど、この二本のポリヌクレオチド鎖は相補的な塩基対の水素結合を介して結合しているんです」
「はあっ?」
「ここまで言えば分かったと思いますが、そもそもなぜ二本のポリヌクレチド鎖かというと、一つは保存用なんですね。コンピューターで云うところのバックアップ機能で、片方に損傷があるともう片方が水素結合を使って伝達する転写用になっています。そうすることで遺伝子情報が伝えられていくんです」
「なるほど、そういうことなんだ」
「私は沢井さんの言葉でピンと来ましたね。この化け物は横方向に切ってもお互い損傷部分を補完し合うから死なない。じゃあ水素結合にあたる部分を断ち切ればあるいは……。私の勘は大当たりでしたね」
「さすが、医学部卒。それでメスでその水素結合部分を断ち切ったと。それにしても良くメスなんて持っていましたね」
「私はこう見えてブラックジャックに憧れていまして……。なにかあった時のために常にメスの四,五本は持ち歩いているんです」
そう言って、レザージャケットの内側の見せてくれる。内ポケットにはメスが五本確かに並んでいた。今度から何かあっても絶対に沢口さんには逆らわないようにしよう。その場で解剖されたら目も当てられない。
「いや、ほんと沢口さんが居なければどうなっていたか? それに沢井さんの助言も凄かった」
「いやです。助言なんて……」
「そんなことないで、美優は凄い。なんでそんなことが分かったん?」
「なんでって、錬にしがみ付いて、虎杖丸越しにあの化け物を観たら、あの化け物、線に見えたんです。しかも二本が絡みつく様な螺旋構造に……」
「あの化け物が線に見えた?」
「うん。錬、なんか一瞬、色も厚みも無くなって只の線に見えたの。虎杖丸の霊力が私に流れ込んだからかな」
「そういうことがあるのかな?」
俺にはなんとも言えない。そんな風に物が見えたこともない。
「それより、今のが絞殺死の真相なんですよね」
「そうでしょうね。あの粘液が付いたところは、火傷のような炎症が残ってるんです。麗さんのサラシを捲いていた人は、体に対して防御力が働いたんでしょう。辛うじて荒れたようになっているだけですが」
「あっ、本当だ。緊張していたから気が付かなかった」
留萌さんが自分の腕の部分や俺の首の部分を見て言った。
「大丈夫。そのくらいの傷だと神水を掛ければ傷跡も残らない」
麗さんが背中に背負ったリュックからペットボトルを取り出し、みんなの傷ついている部分に掛けている。俺も掛けて貰ったけど、ヒリヒリしていた部分が神水をかけることによって痛みがなくなった。
そんな話をしながら、スカイフィッシュの巣を抜ける。
洞窟はまだまだ続きそうだ。
◇◇◇
そうして、また、一キロぐらい歩いただろうか。再び目の前に扉が現れ俺たちの行く手を阻む
「さて次はどんな地獄が現れるか?」
「また新しい真相が明らかになるのですね」
俺の言葉に沢口さんが反応する。俺は沢口さんに頷き扉を押し込む。そして開かれた先には、今度はだだっ広い空間が広がっている。向こうまで一キロぐらいはあるだろうか。さらに左右両側にも同じように広がっている。しかしどのくらい広がっているかはよく分からない。なにしろ湯けむりで煙っていて良く分からないのだ。そして、地面のあちこちから熱湯が沸きだし、水たまりのような温泉を作り出しているのだ。
さらによく見ると、地面からいきなり間欠泉のように噴水が飛び出し、水たまりが移動するように地面が崩れ隆起し、俺たちの行く手を阻んでいるのだ。
もちろんこの温泉が適温でないのは、グツグツと湧き上がる気泡、そしてここに入ってすぐに感じたサウナのように熱せられた空気が物語っている。
「熱湯地獄? いや釜ゆで地獄か?」
「錬違うわ! 叫喚地獄よ。八大地獄の一つの叫喚地獄よ!」
地獄という案をだした美優がきっちりそこは主張して来る。そりゃそうだな。しかしこの状態いつ足元の地面が崩れるか危険だ。俺は前に出すぎた美優の腕を取って後ろに引かせる。
「鈴木部長、無理です。撤収しましょう」
「沢村お前の云う通りだと思うんだが……、後ろを見てみろ扉が消えている……」
部長に言われて振り返ってみると、俺たちが入って来たはずの扉どころか、壁さえなくなり、どこまでも続く叫喚地獄が続いている。そう部長の左手はどこにも触れていないのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます