第106話 横で聞いていた部長が俺の肩を叩く

 横で聞いていた部長が俺の肩を叩く。

「あれってサメ避けから発想したんだ。そうだよな。普通ならもうちょっと恰好いいことを考えるよな……」

「部長、気を取り直しましょう。遂に迷宮ラピュリントスの入り口に立ったんですから」

 部長の顔に輝きが戻る。そう俺たちはキサラギ駅の謎の入り口に立ったんだ。全員が横一列に並び迷宮ラピュリントスの扉を睨んでいる。

「さあ、行こうか!!」

「「「「はい!!」」」」

 俺は前に出て、岩の扉を力まかせに押し開いた。洞窟の中をぼんやりと光る鉱石に浮かびあがった洞窟だ。高さ五メートル横幅五メートルほど車がやっとすれ違えるぐらいのトンネルのようだ。それが地下に続くように下り坂になっていて先の方は暗くて良く見えない。

 鈴木部長は、左の壁に沿うようにこの洞窟を進んでいく。

「部長なんでそんな端っこを歩いているんですか?」

「沢村、お前、迷路の左手の法則を知らないのか?」

 そう言って、俺に左手の法則を教えてくれる。

 左手の法則、すなわち迷路で迷子にならないようにする法則なのだ。まず、入り口で右手でも左手でもいいからそちら側にある壁に手を付く。左側なら左手を付く。後はその手を壁から離さずに出口まで進んでいくのだ。俺は頭の中に簡単な迷路を思い浮かべる。なるほど、入口の壁は一筆書きで出口の壁に必ず続いている。もっとも行ったり来たり迷路のコースの半分は走破しそうな無駄も多いのがたまに傷だ。

「鈴木部長。本当だ。迷宮ラピュリントスを造ったダイダロスもびっくりだ。これなら迷うことなく出口まで行けますね」

「まあな。ここの違いさ。魔法の糸がなくても何とかなるものさ」

 頭を指さす鈴木部長。そこはそんなに自慢するところか? そんな話をしながら、この洞窟を一キロぐらい進んだろうか? 目の前に再び高さ3メートル横幅も同じぐらいの観音開き扉が現れた。

「さて、最初の検問所のようだ。この先に何があるのか?」

「部長もちろん開けますよね? 進むしか道がないですから」

「ああっ、みんな警戒を怠るな」

 みんな何が起こってもいいように準備する。そうは云っても、俺の後ろに隠れる美優や一旦扉から距離を取って、岩陰に隠れる彩さんや留萌さんや坂口さん、俺の横でいち早く扉の中の様子を探ろうとしている鈴木部長と麗さん。

 俺はそれらの配置を気配で確認して、入口より少し小さくなった扉を力任せに押し開く。

 しかし、扉の向こうは今まで来た洞窟とほとんど同じ風景が続いている。

「?」

 俺が一歩扉を超えようとして、

「待って、錬」

 いきなり麗さんに呼び止められた。そして、扉の先を指さす麗さん。俺は指さされた先を、霊力を纏った瞳を必死に凝らした。

「あれって?!」

「この扉の先は黒縄地獄(こくじょうじごく)」

 さすが麗さん、この状況を冷静に説明できるとは……。黒縄地獄か何だか知らないが、研ぎ澄まされた俺の目に映る物は……、

「真っ黒なスカイフィッシュ?!」

「「「スカイフィッシュ?」」」

 何人かが俺の発言を間の抜けたように反芻した。そうあのUMAと言われたスカイフィッシュ。目の前で飛び交っている物は、決して肉眼で捉えることができないスピードで洞窟内を飛び交うスカイフィッシュにしか見えない。あれが最初に見つかったのはメキシコのコロンドリナス洞窟だったか。しかもこの竪穴は地獄に繋がっているとも言われている。

 しかし、高々時速二〇〇キロで飛んでいる物体が目に留まらないとは? 目を凝らせばその原因が分かった。こいつら、体の両側に鏡のようなヒレが在ってそれを波打たせながら、スクリュー回転して飛んでやがる。保護色と乱反射による光学迷彩で隠匿していたとは。そんな二メートル前後のスカイフィッシュが空間を埋め尽くすようにうねうねと飛んでいるのだ。さすが地獄に生息する蟲(むし)。

 気の弱い奴がこの光景をみれば確実に吐き気をもよおす。まるで蛇塚の洞窟を目の前に見ているようなのだ。これが黒縄(こくじょう)地獄?!

 俺に霊力で強化された目は誤魔化せないが、レーダーのようにオーラを感知する麗さんの目以外みんなの目では捉えることは無理だろう。

「きゃーっ!!」

 俺の背中にしがみついている美優から悲鳴が上がった。なるほど、正面から来る奴は目で捉えることができるわけだ。俺は虎杖丸を縦横無尽に振るう。扉を抜けようとしたスカイフィッシュをすべて叩き切ったのだ。

 しかし、次の事態に俺は驚愕する。真っ二つになったはずのスカイフィッシュはその長さが半分になっても飛んできて、俺の首や腕、足とその黒い胴体を巻き付け締め付けてくるのだ。その時に初めてぬめぬめとした粘液を分泌している悍(おぞ)ましい全身が肉眼で見えるようなる。

「な、なんだって!!」

 俺は喉を締め付けられ声にならない声を上げる。こいつら不死身なのか? 俺は身体を強化しているため、全身に巻き付かれてもなんとか体を動かすことができる。しかし、俺の後ろの美優は……。振り返れば、黒いスカイフィッシュが黒縄となって美優の首を絞めつけているのだ。

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