第105話 金属音を響かせ列車が駅に止まると

 金属音を響かせ列車が駅に止まると、俺はなぜかこの列車から無性に降りたくなった。俺はその気持ちに従い、駅のホームへと降りていた。当然、みんなも俺に付いて駅に降りていた。

 他に降りる人も、そして、人型も降りては来なかった。どうやらこの駅で降りるように定められたのは俺だけのようだ。

俺たちが降りて列車のドアが閉まりまた列車が動き出す。その列車の最後尾を見送ると、改札口はどこだと、不安定に瞬く蛍光灯の光をたよりに辺りを見回せば、駅名の看板に「鬼仏(キサラギ)駅」と書かれているのが目に入った。周りのみんなもほぼ同時に発見したようだ。

ここは獄卒が束ねる世界! そう身構えた俺だが、この世界のもてなしははるかに想像の上を行った。列車が行ってしまうと同時に、ホームを残し、線路も景色も空も暗闇の中に消えていく。まるで光が吸い込まれたように、光が届かないその先は漆黒の闇が広がっている。

「みんな気を付けて。何が来るか分からない!!」

 俺がそう叫んだところで、蛍光灯の光が消えて、足の裏の感覚が突然なくなる。

「プラットホームが消えた?!」

 俺たちは暗闇の底に落下していく。

 暗闇の中を落下していく俺たち。一体どのくらい落下しているのか? 沢口さんの声が暗闇に響く。

「そんなバカな!! 私が検死した墜落死はせいぜい二〇メートルくらいの高さからの落下の裂傷だったのに?!」

 どうやら、俺たちがいた世界とは違った物理現象が起こっているらしい。おそらくは重力が小さくなっているのか? それにしても呼吸ができるってことは……。それなら重力で形成されるこの成層圏は厚過ぎないか? 色々な考えが頭の中を巡るが、考えても仕方ないと現状に頭を切り替える。このくらいの落下速度なら霊力で身体強化した俺なら無傷で着地できるだろう。しかし、それにしたって六人全員をこの落下から守るのは神の力を持ち重力ぐらいコントロールできそうなべネトナッシュの力が無ければ難しい。落下の体勢をスカイダイビングの姿勢に保ちながらこれから起こることを考える。

 地獄に落ちる亡者は、この落下の間中、生前の行いを見せられ反省を促されるらしいのだが。

 そこに響く麗さんの声。

「みんなサラシを解いて!!」

「「「「そんなの無理です!!」」」

 麗さんの声に対して美優を初めとした女性陣の恥じらいの声。

「真っ暗闇で、何も見えへんやん。死にたくなかったらさっさとしいや!!」

「みんな沢登さんの言うことを聞くんだ!!」

 麗さんに絶対的信頼を置いている彩さんと鈴木部長の声が響く。その声に合わせてシュルシュルと布を解く音が聞こえた。その音と同時に、真っ暗闇のトンネルを抜けたように視界に光が戻り目の前が開けた。

 眼前に広がるどこまでも続く岩山。緑の木々はなくただ荒廃した灰色の風景が広がっている。そして、俺の周りから気配が消えた美優、麗さん、彩さん、留萌さん、沢口さんそして鈴木部長。

 なにが起こったんだ? 

俺はスカイダイビングの体制から体を捻り仰向けの体制になる。そこに広がる眼福の光景。

女性のみんなは、風圧を受けて何も巻かれていない胸を大胆にはだけさせた姿勢。その体の後方にサラシがヤッコ凧の足のように伸びひらひら舞っているのが目に入った。

「こらー、錬。こっち見るな!!」

 美優が慌てて胸元の合わせを抑えて、真っ赤になって怒鳴ってくる。

「ご、ごめん!」

 俺は慌てて前を向く。そうか、あのサラシ、麗さんが何か細工をしているとは思っていたけど、まさか重力制御の呪術が施されていたとは……。本当に麗さんの目指しているところが分からない。

 重力に掛かる影響で、俺の方がずいぶん早く地面に着くようだ。俺は虎杖丸から霊力を受け取り、自分の周りのオーラを霊力で強化する。オーラの密度を凝縮し、さらに弾力を持たせ着地に備える。ダ、ダーンと足を踏ん張り、着地と同時にその衝撃を逃がすように、後方に飛ぶ。俺は後方回転で地面を転がりながら最後は飛び起き、周りを警戒する。後から降りてくるみんなが攻撃でもされたら、空中で無防備なまま攻撃に晒されることになるからだ。

 しかし、幸いにも襲ってくるものはなにもいない。そして目の前には岩肌に彫られた神殿のような建物に高さ五メートルはありそうな大きな扉。その上にはふざけているとしか思えないなにやら歓迎ゲートのようになっていて、文字が彫られているが、俺には全く読むことができない。

 そして、上空からひらひらと舞い降りてくる複数の気配。俺は律義に美優とも約束を守り、前方を向いてピクリとも動かない。後方ではみんなの着地の気配がする。そしてずるずると引き摺るような音が聞こえて俺の横に立つ気配が……。

「いやあ、初めてのスカイダイビングだったけど、どうにか上手く着地ができた」

 俺の横に立ち、声を掛けて来たのは部長だった。しかもズボンを膝までずり下げ、ふんどしを直しているのだ。そうなんですか……。部長はサラシじゃなくてふんどしだったんですか……。

「沢村は大丈夫だったか?」

「ええっ、まあ、あのくらいなら、オーラと身体強化で何とか」

「そうか。俺はこんなみっともない恰好で空を飛んで……、まあ、そんなことはどうでもいい。そこになにか書かれているようだな」

 部長はいつものように電子辞書を取り出し検索を始めた。

「おっ、ここはネットが通じるぞ。物質と違って波は異世界を行き来できるみたいだ。それでここに書かれているのは、古代ギリシャ語だな。迷宮ラピュリントスか。僕の推理はドンピシャだったみたいだ」

「さすが部長やな」

「本当に、ラピュリントスが現れるなんて」

 彩さんと留萌さんがサラシを胸に巻き終えてこちらの方にやって来たみたいだ。

「これがあの墜落死の真相……」

「そうみたいですね」

 すこし遅れて沢口さんと美優が横に並ぶ。

「サラシが役に立ってよかった」

 麗さんが俺の後ろでつぶやく。これで全員そろったようだ。いよいよ迷宮ラピュリントスに突入だ。その前に麗さんに聞きたいことが。

「麗さんあのサラシの呪術ですが?」

「あれは一反もめんをイメージした。ちょうどサラシがあったから、神社の秘伝で付喪神を憑依させた。それにサメに襲われた時、ふんどしを解いてサメより大きく見せることでサメに襲われないと聞いたことがある。だから長い方が効果も高いと思った」

 いや、麗さんには珍しく長くしゃべったけど、サメうんぬんはこの際関係ないと思う。たしかに部長の恰好はそのまんまだったんですけど。最後の言葉で前半部分、一反もめんとか神社の秘伝とかが吹っ飛んでしまった。


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