第92話 周りの男たちは一瞬面食らったようだが

 周りの男たちは一瞬面食らったようだがすぐに、ナイフや警棒を取り出し、腰を落とした。

「おんどれ、死にたいんか!!」

「いてもうたるぞ!!」

 口ぐちに男たちが怒声を上げる中、集団のうしろで様子を見ていたひと際でかい男が大声で叫んだ。

「やめんかい!! お前ら」

 ドスの利いた迫力のある声だ。その男が集団を割り俺たちの方に歩いてくる。なんだ! タイマンをご所望か? 悪いが恥を掻くだけだ。みんなで一斉に掛かってくればいい。美優に被害が及んだことで俺の怒りのオーラは全開だ。

「あの、沢村さんスよね」

 目の前に進み出た二メートルの天井に頭が閊えそうなぐらいの大男が俺の名前をいきなり言った。

「へっ、沢村だけど?」

「やっぱり、ちゃあっす。俺、近藤ス。ほら、大沢中学の二年後輩の」

「ええっ、あの近藤か!! お前こんなところで何やってんだ?」

「いや、まあ色々あって、今はこのチーマ新選組のリーダーをやってるんス」

 そう言って、麻木色のTシャツの肩のところに入った誠を見せてニッと笑う。

「ほんと、お久しぶりっス。先輩は俺ら後輩のあこがれだったス」

「……はあっ……」

 後輩が不良って、思わずため息しか出ない。

「先輩、甲子園惜しかったス。俺らみんな先輩を応援してたんスが……。沢村さんのこと慕っている奴ら多いスよ。大体沢村さんって勝てば自分以外のみんなのおかげ、負ければ何が有ろうが自分のせいって感じで、自分に厳しく人に優しかったスから」

 確かに俺は野球に関しては求道者みたいなところがあった。勝っても負けても自分のどこが悪かったのか反省しきりだったし、まあ他人のことはどうでもよかった。それがこんなふうに勘違いされていたなんて……。

「そうか、それにしても、近藤がチーマか……」

 まあ、野球部のやんちゃたちは野球部をリタイヤすると悪の道に走るやつも多い。指導者との確執や先輩たちのシゴキやイジメなどから野球を離れてしまう。この近藤もその典型なんだろう。そうやって落ちたやつも体育会系のノリで先輩には礼儀正しいところがある。なんか前にも後輩とバイクで走っていたら、いつのまにか暴走族の集会になっていたことがある。

「お前ら、このお人は俺の先輩の沢村さんだ。この人の口癖が「コ・ロ・ス・ゾ」なんだ。このセリフが出た後は血の雨が降ったんだぞ」

 まて、いつ俺の口癖がコロスゾになったんだ。いや、確かに良く言っているセリフなんだけど。

「そうか、そこの転がっている奴には悪いことをしたな。なにせイキナリだったからな」

 俺が指さした奴は他の人に抱えられてやっと立ち上がっている。

「ああっ、沢村さん、気にしないでください。因りによって沢村さんの彼女の手を掛けたんス。そんくらいですんで良かったス。沢村さんあの頃より凄みが増してるっス。それも分からず突っかかる方が命知らずっス。

 おっ、近藤には俺の纏っているオーラが感覚でわかるんだ。まあ、勝負ごとに生きている奴は、この気迫を肌で感じることができてなんぼだとも思う。

「近藤、お前らいつもこの地下通路に居るのか?」

「はい、大体そうっすね」

「じゃあ、最近の列車事故で死んだ奴らのことも知ってるのか?」

「そうっすね。まあ、顔見知り程度ですけど」

「そいつら1か月ほど前からいなくなっているそうだけど、お前らどうしてだか知ってるか?」

「いや、俺は……、お前らなんか知ってるか?」

「……あの……」

 近藤が見回した連中の一人が手を上げた。

「なんだ? 言ってみろ」

「あの人たちが、居なくなったのって……」

 たどたどしく話し出したところで、頭の上を凄まじい音を立てて列車が通り過ぎる。しかもかなり長い時間だ。それにこの地下道も小刻みに振動していてまるで地震が起こっているようだ。

 さすが駅のホームの真下にある地下道だと感心していると、近藤が何気に時計を見ている。その動作に釣られて俺も自分の時計を見ると、時間はもう一一時半を過ぎている。不味い、彩さんたちを放りっぱなしだ。

「悪い。その話は俺の連れが来てからしてもらっていいか? 悪いけど誰か俺の連れ呼んできてもらえないか。改札口辺りにいる三人づれの女の子たちなんだ」

「あっ、そういうことなら自分が行きます」

 近藤がそう返事をして走っていく。まあこの中では一番信頼できるか。いまだに上級生の命令はダッシュで即応が身についているし。そう思って近藤の後姿を見ていると、周りの奴らはますます俺のことを尊敬の目で見だした。まあ、自分たちのリーダーをパシリに使ったわけだから驚くのも無理はない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る