第82話 沢口さんすごく怒っている 

 沢口さんすごく怒っている。今までの口ぶりだと率先して検死や解剖をしてきたようなのに、自分の判断が受け入れられないからと俺たちに何とかしてもらおうとして話をしに来たのか?   

確かに美優は学会で最近注目を浴びているので、何か言えば話題にはなるかもしれない。しかし同じ学会でも、医学会と考古学会と全く畑違いだ。まして、考古学会の立場で医学会を非難するのは難しいだろう。

「沢口さん。そう興奮しないでください。俺たちにその隠ぺいを抗議しろって頼みに来たんですか?」

「いえ、とんでもないです。あの時はそう思ったんですが、確かに説明できないことを死体検案書に書くのは勇気がいります。事実、今は警察に突っ込まれて説明に困っているんです」

「今は?」

「一件目の墜落死と衝突死はよく似ているからごまかしも利きます。でも二件目の列車事故は絞殺死だったんです」

「絞殺死?!」

「そうなんです。絞殺死です。体中何か細いもので締めつけられて全身の骨が内側に向かって折れているんです。これだけなら無理もありますけど衝突死と誤魔化すことも出来たんです。でも私が解剖して得た死因は首を絞められたことによる窒息死だったんです。顔にうっ血もみられますし、舌骨の骨折も見られます。これだけ証拠が揃っているのにうちの教授は列車事故による死亡と判断したんです」

「そんなことをしたら……」

「そうですよね。不味いですよね。

そして3番目の飛び込み事故が水死だったんです。しかも全身焼けただれて皮膚がズルズルになっている。喉から肺にかけて焼けただれ、肺の中にもたっぷり水が入ってたんです。おそらくは生きたまま熱湯に中を浸けられて、溺死いやもう全身チアノーゼでショック死した後、列車に轢かれたみたいです。全身火傷の後の水膨れが隠せるはずもなく、もう警察も検察ももちろん大わらわでした。

「水死まで……」

 もう、勘弁してほしい。飛び込み自殺に見せかけて次から次へと残忍な殺し方のオンパレードだ。そもそも犯人は何を考えているんだ? 一体何が目的でこんなことをしているんだ? もはや事故死と見せかけようとさえしていない。だから、俺には皆目見当がつかない。

「そして、四番目の死体は噛殺死です。何かに噛まれて出血死しているです。巨大なサメのような顎をもった動物に腹部を食い千切られ、ライオンのような肉食獣の牙の後が無数にありました。いえ、監察医なんですから正確に言わないといけませんね。四九か所の正体不明の噛み傷があったんです」

 さすが、監察医だ。どうでもいいこともちゃんと数えているんだ。それにしても墜落死、絞殺死、水死、噛殺死。もはや誤魔化せるレベルじゃない。

「それで、さすがにおかしいということに警察でもなりまして、他の死体も再検死することになったんです。わざわざ東京の監察医務院から本職の監察医を呼んで検死することになったんです」

「それでどうなったんですか?」

「解剖するといっても死体はもう火葬されていますから、私が行った解剖の写真やその状態を記録した記録書、それにカルテなんかが鑑定の証拠になったんですが、すべて私の判断が正しかったことが監察医によって証明されて、バカ教授は謹慎、しかも公文書偽造で今、書類送検されているんです」

「それは良かったですね」

 まさか、俺たちに私が正しいことを証明してくださいと迫られるんじゃないかとビビっていたところだ。いくら美優が時の人でも考古学会と医学会、簡単に相手のことを批判できるとは思えない。いやそんなことをすれば、確実に医学会から報復されるに違いない。あそこはプライドと権力の塊だからな。

 思わず美優も口から安どの声がでたんだろう。

「それが良くないんです。いきなり事件性有りとなって、マスコミなんかが大騒ぎになりまして、隠ぺい工作を批判されて、学部長辺りが毎日謝罪会見を開いているんです。マスコミ報道も、うちの検死のずさんさが犯人を助長させ第二第三の殺人事件が起こったって騒ぎ立てて、大学も名誉回復のため、私が先頭に立って犯人捜しをしないといけなくなったんです。私は解剖だけできればそれでよかったのに……。テレビドラマのようにはいきません!」

 なるほど、監察医が社会秩序を守っているという意味では、いかに死因を偽ろうとしても、必ず見破られ完全犯罪などあり得ないと、世間に知らしめる必要がある。そうでないと犯罪抑止力にはならない。

 しかし、一度死んだ者を再度列車に轢かせる意味がわからない。自殺に見せかけて殺人であることを隠したいのなら最初の墜落死のように、車で轢くのが一番手っ取り早い。

 それにそもそも死体を駅まで連れてくること自体が困難を極める。

 沢口さんの話でも、警察も他殺で捜査を開始したんだけど、最初の列車事故の日から駅構内の防犯カメラの映像をチェックしたそうだが、それらの人物が駅構内に入った形跡がなかったそうだ。

「それでね。今はスーツケースを持った人にさえ職質するようになったんです。そんなふうに警察が目を光らせていたんだけど……。第五の殺人が起こってしまったの。第四の事件の一週間後、やっぱり三野霊園行きの最終便。飛び込んだ死体の死因は刺殺死、死体には一〇八か所の大小の刺し傷があり、その凶器と思われる刃の形状は一〇八種類に特定したの」

「つまり、すべての傷跡の形が違った」

「まったくばかげているわよね。1か所ずつ違う刃物を変えて刺したなんて。あと沢村君、細かいことだけど、傷跡じゃあなくて創痕(そうこん)ね。鋭い刃物の切り口、裂傷には創と傷が在ることは法医学を学んでいるあなたなら知っているよね?」

「ああっ、もちろん」

 本当は知らないが、ここは知ったかぶりでやり過ごす。俺が非難の対象になっては話がなかなか進まなくて困るだろ。それでなくても色々レクチャーしたいタイプのようだから。

「まあ、前代未聞の殺人事件となったわけです。刺し傷が一〇八か所っていうのも異常ですが、それを全部違う凶器で刺したというんだから」


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