第81話 そして同じことを美優も考えていた

 そして同じことを美優も考えていたみたいだ。

「それで、沢口さん。私に相談って一体何なんですか?」

「あのね、最近列車への飛び込み自殺が増えているのは知っているのかしら?」

「ええっ、岡島駅の三野霊園行きの最終列車に飛び込むんですよね」

「そうなんです。今週に入って六件目、ほぼ一週間に一件の割合で自殺している勘定になっています。おかげで法医学室は行政解剖で大忙しで、ほとんど私が解剖しているんです」

 なぜか語尾にルンが聞こえそうなほどノッている感じに聞こえるのは俺だけではないはずだ。それにしても、もう六件になるのか。関係者から改めて聞くとその異常さが良くわかる

「それで、私もどうにも納得できない状況で困っているんです」

 いや、全然困っているようには聞こえません。

「納得できない状況って?」

 美優に代わって俺が尋ねてみる。

「まず一人目、飛び込み自殺のはずなのに墜落死と同じ痕跡が残っているの。私、交通事故と飛び降り自殺の検死は何度かしているから詳しいのよ。細かいところは省くけど、列車との衝突面の体の壊れ方以外に、自殺っていうより転落事故、明らかに足から着こうとして、両足、内蔵、脳という風に壊れている形跡があるんです。あの該者は列車との衝突では死んでいません」

「沢口さん、しかしそれだけでは……。列車の飛び込み自殺って死体の損傷が激しいって聞きますよ。それこそ五体バラバラになるって。だから、あちこちについた衝突した跡とかじゃないですか?」

 沢口さんは俺の反論に片眉を上げる。睨まれた時に切れ長な瞳の奥に狂気を感じてゴクリと喉がなった。この人サディストだ。きっと俺たちにバラバラ死体の詳細な様子を話し出し、俺や美優を怖がらせその様子を喜んで見るつもりなんだ。そんなグロい話なんて聞きたくもない。実際にゾンビとかアマゾネスたちの悍(おぞ)ましい姿を見ているだけに、想像力が暴走するに違いない。美優なんて青い顔をして耳を塞ごうとしている。

 でも、その心配はいらなかった。さっさと話を進めたかったみたいだ。でもこちらから聞けばどこまでも話し続ける雰囲気は持っているんだが……。

「沢村君、自殺の状況なんだけど、三野霊園行きの列車は、岡島駅の一三番ホームからの始発なんです。警察の実況検分では、ホームの先頭の一番端から、動き始めた列車に飛び込んできたらしいの。だから衝突速度は二〇キロぐらい。列車もすぐに止まったから死体はバラバラにはなっていないの」

「そうだったんですか。運転手もびっくりしたことでしょうね」

「運転手の話だと、自殺者がいきなり目の前に現れたらしいの。まるで降って湧いたように」

「視界の端で見落としたとかはないんですか?」

「いや、運転手としてもホームの事故に関しては細心の注意を払っているらしいの。ホームには通りがかるまでは全く人影はなかったそうです。いきなり、目の前のフロントガラスに人が張り付いてきたそうで、運転手の発言からも、立った姿勢のところに当たったのは間違いないとのことなんです」

「そうなんだ……」

「まあ、私がそう主張する理由はほかにもあるんです」

「死因が違うということ以外にですか?」

「当たり! 死亡推定時刻が違うんです。深体温を測定すること、つまり直腸を検死の時と解剖するときに計ってグラフ化することで、死亡してから二四時間以内ならほぼ正確に死亡時刻を割り出すことができるようになってるんです。それで、それに当てはめた場合、該者は列車に飛び込む前に死んでいたと推測できるんです」

「それって、どういうことなんですか?」

「どうもこうも私が言った通りです。該者は転落死してから数時間後、列車に撥ねられたんです。これは死後数時間後に浮かび上がる死斑でも証明できます」

「死斑?」

 美優が死斑という言葉に反応した。死斑ってなんかよくない響きを持っている。伝染病かなにかで死体で懐死が始まって、どす黒い斑点のようなものが体中に出ているイメージが俺にもある。

「死斑っていうのは、死んだ後、置かれている状態ででる赤い斑点のことです。死ねば当然心臓が止まるから、血液が循環しない。それで重力に従って死体の下側に血が溜まってでるものなんです。そして、例の死体は死後すぐに仰向けに安置したはずなのに、腹部とか顔とかに出ていたんです。仰向けに死んだんじゃなくうつ伏せに死んでいたとしか説明できないんです」

「うーん」

 まあ、俺の想像とは違ったわけで、実際に見ていない俺には何とも言いようがない。

「後は生体反応もおかしいんです」

「生体反応?」

「沢村君は刑事ドラマとかで聞いたことはないですか? 死体についている傷が生きているうちに付いたものなのか、死んだ後付いたものなのか。調べればわかるんです。生きているうちに付いた傷なら生体反応があるんです」

「なるほど、それで体中に残った列車と衝突した時に出来たと思われる傷には生体反応がなかったと」

「さすがです。死体は嘘をつきません。あの該者は墜落事故で亡くなって、その数時間後、死体が列車に撥ねられたということなんです。しかも、自殺じゃありません。庇い痕がありましたし」

「庇い痕?」

「ああっ、事故死の場合は、手で頭を庇ったり、体が地面に叩きつけられる時に、先に手が出たりしてそこに跡が見られるんです。でも自殺の場合はほとんどありません」

「そうか、死のうとしている人は無意識のうちにそういう行動はとりませんよね」

「そうなんです。でも、うちの教授ときたら、私の話を荒唐無稽だって聞こうともしません。検視の報告に合わせるように死体検案書を作成してしまって! 自分じゃほとんど見ないくせに……。私が今日まで何人の変死体を見て来たと思っているんでしょうか!!」


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