第83話 俺と美優はここまで話を聞くと

 俺と美優はここまで話を聞くともう犯人の目星は付いている。後は沢口さんが俺たちの話を受け入れるかどうかだけだ。たぶん無理だろうけど……。もうこれ以上話を聞いても結論は変わらない。だからって何の解決にもならないことが問題なんだが……。

 俺が口を開こうとすると、沢口さんは慌てるなというように俺を制止して話を続ける。

「そして、昨日起こった飛び込み事件が、焼死体が列車に飛び込むという惨事です。今朝までかかった司法解剖の結果は、喉から気管に掛けて焼け爛れ、煤が付着していました。前身は、Ⅲ度熱傷、表皮から真皮さらには皮下細胞までが炭になっていました。全身火傷でショック死したのか、一酸化炭素中毒で死んだのかさえ分かりません。普通の火災での焼死だと、まず一酸化炭素中毒で心肺が停止。それから全身が焼かれるのが一般的です。しかしこの場合はきっと生きながら焼かれたんでしょうね」

 沢口さんは想像するだけで震えるようなことをサラッと口にする。これで殺人講習会は終わりだろうか? 殺害方法という法医学講座の濃いところをかなりの時間、聞かされた気がする。墜落死、絞殺死、水死、噛殺死、刺殺死そして焼死。

 その死体にはすべて列車の衝突痕が残っているわけで、その死体の損傷具合は……。犯人がいるならなんて悪趣味なやつだと言いたいが、やはりこんなことができるのは奴らしかいない。俺がそう結論を出したところで沢口さんが俺に質問をしてくる。

「どうです? 犯人像の検討が付きましたか? こんな事件でも犯人に目的ってあるんでしょうか? 私は犯罪心理学の方は苦手なんです」

 確かに犯人捜しの先頭に立たされたと言っていたが、俺たちに犯人像を聞くわけか? 

 犯罪心理学なんて分からない。テレビで精神異常者の犯行とか言っていた気がするけど、俺に言わせれば、人殺しができる人間はすべて精神異常者だ。精神の異常状態によって罪を問われるものと罪を問われない者の違いなんて常識人の俺には理解できない。こんな常識外れのことができるとしたら、人外のものの仕業としか答えようがない。それをどう捉えるかは沢口さんの考え方次第だろう。もっとも心霊スポット研究会の面々なら本当の意味で人外のもの=化け物と捉えるだろうけど。化け物に殺す以外の目的なんかあるはずもない。

 でも、この結論を云うにはまだ早すぎる。犯人が人の皮を被った化け物の場合もあるからだ。ならば、訊いておかないといけないことがある。

「それで死んだ人たちってどんな人たちだったんですか?」

 沢口さんは口に手を当て忘れていたという顔をした。すっかり自分の専門分野、死因に偏った話ばかりしていたことに気が付いたんだ。

「ごめんね。その話もしとかないとね。もちろん該者の身元を割り出すのも監察医の仕事だからね。でも、今回は直ぐに分かったの。顔が判別できないほど損傷があったのは焼死体だけ。その死体も歯形からわかったからね。それに駅員さんや駅前地下街の人たちの間では見知っている顔だったの」

「へーっ、死んだ人たちは駅の利用者だったんですか? あっ、それでも駅員や地下商店街の人が良く覚えているなんて何かあったのかな?」

「その通り、駅の利用者っていうより地下通路利用者。あなたたちも知っているでしょ。駅の東口から駅の西口に行く地下通路。あそこをたまり場にしていてよく駅員とか商店街の人とかとトラブっていたみたい。男が五人女が二人の不良グループの人だったのよ」

 あの地下街か。狭くて低くて薄暗いトンネルのような通路だ。その通路が百メートルぐらい続く昼間でも薄気味の悪いところだ。十年ほど前に駅が改修工事されて高架になった渡り通路ができ、駅ビルにも繋がったから、その地下通路を通る人はほとんどいない。高架の無かった昔は、夏場は不良がたむろしていて、性犯罪の温床とか言われていたり、寒くなってくると浮浪者が集まってきたりして、日が暮れると通る人がいなくなる。とくに女の人は危険だと近づかない。

 少し前に、ここで暴行された女の子が自殺して、その女の子が出るとちょっとした心霊スポットになっていた。どうでもいいことだが心霊スポット研究会はここにも探訪に来たのだろうか?


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