第29話 この杉沢村を脱出することになった
とりあえず、この杉沢村を脱出することになった。確かに部長としての判断は正しいと思う。それに、ベネトナッシュにも押し切られた形だ。
ただし、俺自身は単独でもここに戻ってくる気でいた。
「ベネトナッシュさん、ごめんなさい。次は父を連れてきます」
どうやら、麗さんもここに留まることは諦めたようだ。しかし、あの巨大杉を封印する気は満々だ。その時は俺も絶対力になる。
「さあ、早くあいつらが地下で蘇らないうちに!」
ベネトナッシュが俺たちを急がせて、地下室に向かって階段を降り始めた。そして、地下室からトンネルに出るために、俺たちはぶち壊されたドアの枠を潜った。
「えっ?!」
確かにドアの枠を潜ったはずなのに、トンネルに出ることができずに、ドア枠を背に、足元にドアがころがった地下室に居た。
「そんな、バカな?!」
山岡先輩が信じられないと声を上げ、何度もドアを潜ろうとする。そして俺たちが見たものは、ドア枠を潜ったはずの山岡先輩がドア枠から入ってくる姿だった。
「うおおおおっ!!」
山岡先輩の絶望的な声が地下室に響く。でも逆に麗さんは冷静だ。
「これは、あやかしの術……」
麗さんの言葉を聞いたみんなが聞き返した。
「「「「あやかしの術?」」」」
「そう、あやかしの術。この空間に結界が張られ、中から出られないようになっている。まるで外の世界と分離されたように……」
「こんなことになっているなんて! で、どうすれば出られるんだ?」
ベネトナッシュが麗さんに尋ねるが、麗さんは首を振った。
「ダメ、術者を倒さないと……。でもこの術は陰陽道のはず」
「陰陽道だと! いや黒龍にはそんな術、使えるはずがない!」
「そう、龍の結界ならこんなことはしない。目の前の見えない壁が、力ずくで行く手を阻むはず。これは……私たちは幻を見せられている」
「麗さんの言っていることが本当なら、俺たちはもう戦うしかない!」
「うん」
俺の言葉に麗さんは強く頷くが、みんなは気持ちの整理がつかないようで、不安そうにしている。しかも、俺たちが地下に降りたことで、化け物たちが玄関から中に入ったのだろう。一階の防火扉は激しく音を立てている。
部長がみんなの不安を取り除き、再びやる気にさせるため、檄を飛ばした。
「よしやるか! 俺もこの数か月、杉沢村に強烈に惹(ひ)きつけられた一人なんだ。どうせ死ぬんなら、やるだけのことはやってみよう。イレギュラーというなら、俺たちはここでやらなければならないことがあるはずなんだ。それが今からやろうとしていることだ!」
思わず、部長の檄に合わせて雄叫びを挙げた。
「「「「おう!!」」」」
みなさん、酒も入ってないのにこのノリはなんなんですか。
「ベネトナッシュさん、ということだ。さっそく、作戦を立てようじゃないか」
ベネトナッシュは唇を固く結び、肩を震わせて感激している。ああっ、お礼は終わった後でいいから。
そうと決まれば、早く行動に移さないと。階上から防火扉をドンドン叩く音が響いてくる。化け物のうち何体かは、玄関からも漂う俺たちの匂いに引かれて入ってきたようだ。窓ガラスも扉もぶち破られている。一階からわずかに外に流れ出ていたのかもしれない。
ゾンビの数も増えてきて、このままでは一階の防火扉もいつまで持つか分からない。
「ベネトナッシュさん、黒龍の呪いを鎮める呪術を使えるのはこの麗さんなんだ。そうなると、あなたに麗さんを抱えてあの杉の木まで連れていってもらうのが一番確実だよな。ベネトナッシュさんなら、あの化け物の囲いもわけなく突破できるだろ? 俺たちはここに居て、何とか化け物たちの侵入を防いでいるから」
ベネトナッシュは首を振り、俺の案を否定する。
「ところがダメなんだ。さっきも言っただろう。全員を守れる自信がないって」
「なんでなんだ?」
「昔、俺は「女性に触れずの誓い」を立てたんだ。女性に十秒以上ふれると、この力を失ってしまうんだ」
「はーっ?」
「いやあ俺、三人ほど嫁さんを娶ったんだけど、みんな先に逝くだろう。そのたびに悲しみに暮れて、最後の嫁さんを看取った時、思わず二度と女性に触れないと神に誓っちまったんだ。お袋に聞いて驚いたぜ。神への誓いは絶対に破ることができない。破ると神罰を受けて神の力を奪われるとさ」
なるほど、神と神との約束は絶対か……。人間と違って反故(ほご)にはできないんだ。
「それがさ、三人ともいい女でさ。二人目はそこの色白の女の子、三人目は髪を束ねた変な言葉を話す女の子にそっくりでさ……。 俺は神に誓ったことを今でも全く後悔していないんだ」
そういって、目を細めるベネトナッシュ。
一人目の美優の時といい、どうでもいい話を聞かされた。まあ、この三人がベネトナッシュの子孫というのは確定かな?
しかし、そうなると俺のバイクで行くのが一番早い。俺は考えて提案してみる。
「なるほど、しかし、バイクで外の化け物の囲いを突破できるのか?」
部長はなかなか現実問題として難しいと考えたようだ。確かに奴らならバイクごと体当たりしても、逆にバイクを掴まれて、引きずり倒されるのがオチだろう。しかし、もし突破できれば、奴らのスピードでは俺のバイクに追いつくことはできないはず……。ならば……。
「ベネトナッシュさんに道を切り開いてもらえばいい。俺たちがここを飛び出したら、そこにある防火扉を閉めてくれ。ベネトナッシュさんにそのまま玄関で死守してもらえば、麗さんが封印するまで何とか持ちこたえられないか?」
「防火扉はもうここしかないんだ。閉じこもるならここだろうな」
「俺もそれしかないと思う。絶対に扉は破らせない!」
俺の言葉に、部長とベネトナッシュさんが続く。話は決まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます