第28話 時はアルコルが死んで埋葬された当時に遡る

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 時はアルコルが死んで埋葬された当時に遡る。

 アルコルの死は、天星界に衝撃を持って伝えられた。天星人は下界に住む者にとっては神であり、星が生まれるとその星を守護するために生まれ、その星が消滅するまで、肉体も魂も永久的に続くはずだった。しかし、アルコルの肉体は滅び、天界でのその輝きはわずかな瞬(またた)きを残すのみになってしまった。

 天界の頂点に立つ天帝は、すぐさま、天界の禁忌を破り地上に降りた北斗七星を守護するアルコルの姉妹たちの謹慎を解き、アルコルの魂の救済を命じた。

 アルコルの姉妹たちは、すぐに杉沢村に向かったが、アルコルの魂は結界に阻まれ救出することができなかった。 しかしある時、結界の綻びが起こり、なんとかアルコルの魂を救出することに成功したのだ。

 天界に帰ったアルコルは、天帝にこっぴどく叱られることになったが、何とか下界に降りた罪は許された。そして、肉体を失ったという境遇から、天帝は生命を司る権能をアルコルにお与えになったのだ。

 そして、アルコルが天界に帰ってしばらくすると、杉沢村には肉体を失いながら、黒龍の呪いのかかった杉から吐き出される花粉を纏うことで、大地の精を魂に縛り付けて実体化した死人(しびと)が徘徊するようになっていた。

 土人形に人間の魂を縛り付け、さらに仲間を増やそうと他の人間を襲うおぞましさにアルコルは寒気を覚えた。

 黒龍にこんな力があったのか? いやそれほどまでに、人間に対する恨みが深いのか? そんな呪いに踊らされる化け物たち。何度も偽りの蘇りを繰り返すその姿は、天の摂理と秩序を乱す姿そのものである。

 アルコルはついに決意する。自らの権能を使い、巨大杉を呪いごと消滅させることにしたのだ。アルコルは生命を司る全知全能の杖を振るい、隕石を落下させた。「神の鉄槌」だ。

 しかし隕石は軌道をわずかに外れ、巨大杉をかすめ、軌道を変えると杉沢村の中央部に突き刺さり、大爆発とともにクレーターができた。そして折れた巨大杉の先の部分は吹っ飛び、クレーターの一部に激突、隆起した土砂を吹き飛ばし、沢が流れ出る亀裂を作ったのだ。


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 そこまで母親に聞いた話と一気に語ると、ベネトナッシュは大きく息を吐いた。

「結局、お袋は巨大杉を消滅させることに失敗した。それにここは湖の底に沈んでいるはずだったものだ……。しかも、黒龍の呪いを受けた巨大杉も枯れず、未だに呪いの花粉をまき散らしている。

 まあ、クレーターのおかげで、花粉は杉沢村から外に出ることはなくなって、外の花粉の毒素はかなり薄まったが……。しかし、逆に杉沢村は瘴気が濃くなりすぎて、一〇〇年に一度、生け贄を求めるようになっちまった」

「それで今回は、旧日本軍の研究施設から一〇〇年目ということか?」

{そういうことだ。大体、ここに呼び寄せられる奴は、瘴気に惑わされたどうしようもない下種な奴ばかりだったはずなんだが? お前らはイレギュラーだな。どうする? いまなら逃げられるぞ。俺が逃がしてやる}

 確かに今なら来た地下室を通り抜けて逃げることができる。ベネトナッシュの話では、化け物は、人がいないときは、魂の形で生前の行動を繰り返しているらしい。だから、化け物が最初に実体化するのは、生前おもにいた空間。そこから人の匂いを求めて移動するということだ。先ほど屋上に上がって来た化け物は、地下室に居た奴らのはずだ。今なら地下室に化け物はいない。簡単に逃げることができる。

 だけど……。ベネトナッシュの名の意味は……。北斗七星ならあれだろう。

 俺は思わず、ベネトナッシュに尋ねてしまった。

「ベネトナッシュさん、ベネトナッシュって名は、母親のアルコルさんがつけたんでしたね?」

「ああ、それがどうした?」

「俺たちは、杉沢村と天女の羽衣伝説と関係があると推測して、天女は北斗七星の化身だということは調べたんだ。北極星が天帝と言うだけあって、戦にちなんだ意味を引き継いでいることも。アルコルは生死を司るという意味、そしてベネトナッシュの意味は、棺(ひつぎ)を引く従者と言う意味がある」

 部長は俺が言い淀んでいたことをあっさり言ってしまった。なら、俺は俺の考えていることをベネトナッシュにぶつけるだけだ。それこそ、夢の中のベネトナッシュが俺に訴えたかったこと。

「それで、ベネトナッシュさんは誰の棺を引けば天に帰れるんだ? 黒龍なんだろう? 黒龍の魂を鎮め、天に昇らせれば、あなたも天に帰れるんだろう。俺たちを逃がすことでその可能性がなくなっても、あなたは本当にいいのか? 俺たちの中に黒龍の呪いを鎮める術(すべ)を持つ人がいるとしてもか?」

 ベネトナッシュはたぶん麗さんの話は聞いていない。だが、彼は俺たちをイレギュラーと言った。生け贄になる以外の何かを感じているに違いない。

 ベネトナッシュは顔を歪ませる。それを俺たちにやらせるにはあまりに危険すぎる。安易に頼むことなど神としての矜持(きょうじ)が許さないだろう。

 夢の中の彼は言った。「やはりいい」と。

 だが……。しかし……。

 俺が次の言葉を躊躇していると、後ろから肩を叩かれた。

「でもさ、うちらもこの人に助けられたわけやん。借りたまま返さんちゅうのは商人としてどうなん。返せるときに返しとかんと後でなにゆわれるかわからへんで、無料(ただ)より高いもんは無いちゅうし」

 いや、彩さん。俺ら大学生です。でも彩さんが冗談めかせて、俺の言いたいことを言ってくれた。しかし、それは他のみんなも同じなのか?

 部長がメンバーを見回す。

「やるのか? 死ぬかもしれないんだぞ」

「私は、やる気!!」

 一番危険な役を引き受けるはずの麗さんが、真っ先に部長の問いに、力強く答えた。

 この人は命が惜しくないんだろうか? しかもここで死んだら、俺たちもあの怪物になってしまうんだ……。

「ちょっと待ってくれよ。無理だよ。俺たちはヒーローじゃないんだ!!」

 山岡先輩が叫んだ。確かに俺たちはヒーローじゃない。

「意見が分かれたが……。……なら、俺はリーダーとして撤収を命ずる」

鈴木部長が決めたことなら……。誰も我を通さず麗さんも言葉に頷いている。

「ああっ、それでいい。俺も全員を守り切る自信がない」

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