第27話 村人にとっては迷惑な話だよ

 村人にとっては迷惑な話だよな。武士に略奪され、黒龍に苦しめられて……」

「そんなことないです。アルコルさんを自分たちの欲で死なせてしまっています。自業自得です」

 美優がベネトナッシュの言葉に反論する。

「君は優しいね。でも黒龍も平等に罪を与えられるんだ。領主が雇った武士たちが、黒龍を相手にその武力を見せつけるんだ。

 所詮は龍と言っても、白龍から与えられた力はうろこ一枚分の力。その大きさも一〇メートル足らずで、まだ龍になる前の大蛇の大きさにも達していないんだ。

 屈強な武士たちにとっては、自らの名を上げる耳に聞く物の怪を初めて目の当たりにしたことで、その士気はいやがおうにも盛り上がったらしい。

 領主からたっぷりのお礼を約束され、おまけに龍を退治したという名声を得ることができる。そして、目の前にいる黒龍のその大きさは、数々の伝説に聞く龍に比べてあまりにひ弱に映ったようだ。

 士気の高い武士たちを相手に、多勢に無勢になり、黒龍はその身にたくさんの矢を受けて飛ぶ姿は高さも速さも失って、やがて地面に落ち、大地をうねる黒龍に武士たちはその尾尻で打ち払われながらも、その黒いうろこに刃を突き立てたんだ。

黒龍は這いずり回りながら、武士たちの刀や矢を避けて、俺たちが住んでいた村のはずれの炭焼き小屋まで逃れてきた。

 しかし、そこまで何とかやってきた黒龍は、すでに息絶えていた。

 俺は生まれて一週間も立っていなかったんだが、もう八歳ぐらいの体力と知能があったんだ。天星人の血をひく者は早く成長して、大人になると年を取らなくなるらしい。

 黒龍を見て、慌てて老人を呼びに行ったんだ。それでやって来た老人は何やら呪文を唱えたかと思うと、黒龍が死んでいた地面にぽっかり穴が開き、黒龍は地面に飲み込まれ、その上には、土まんじゅうができていたんだ。後で知ったことだが爺さんは密教系の呪術を使うことができたらしい。

 そして、その土まんじゅうの上に杉の杖を刺し、また呪文を唱えたんだ。

 すると土まんじゅうに刺さった杉がグングン大きくなり、すぐに天まで届くような大木になったかと思うと、禍々しい呪いに侵された花粉をまき散らしだしたんだ。

 龍討伐の戦利品を獲(え)ようとここまでやってきていた武士たちは、大変な目に遭っていたぞ。

 花粉を吸った武士たちは、目や鼻や口から体液の混じったどす黒い血を噴き出して、のたうち回った挙句、呼吸が止まって、俺の目の前でバタバタ死んでいくんだ。

 この病は、何も武士だけじゃない。この村の人間だけじゃなく、呪いの花粉は遠く領主の住む城下まで飛んでいき、多くの人間が苦しみながら死んで行ったんだ。

 この呪いの花粉、他の杉と受粉すると、その杉まで呪いの花粉を飛ばすようになるんだ。

 呪いの花粉はあっと言う間に広がっていったぞ。じいさんもその病に罹(かか)っちまったし。俺たちも杉沢村を離れたんだ。もちろん行く先々の村や町で杉沢村の話をして、この村に近づくことを諫(いさ)めたりしたんだ。

 俺は病気の爺さんを抱え、爺さんにもこき使われながら、半神半人の俺の力を使って何とか生き抜いたんだ。それに俺も結婚して子供も生まれ、なんとか暮らしたんだ。そういえば俺の最初の嫁さんは、あんたに似ていた気がするな」

 どさくさに紛れて、美優を指さすんじゃない。それに最初の嫁さんって、お前まさか浮気をしていたのか? しかし、ベネトナッシュの話はさらに先に進む。

「俺の子供はなぜか呪いの花粉による病も罹らなかった。それでも、俺の周りの人間は年を取ると、どんどん死んでいくんだ。でも俺は死ぬどころか年も取らない。まあ、不老不死だな。俺は素性を隠し、何度も住処を変えたが、すぐにうわさが立ち、めんどくさくなって、ここに戻ってきて、誰にも会うことなく、今まで過ごしてきたんだ」

 そうか、最初の嫁さんってそういう意味なのか。確かにそれは辛いかも知れない。愛する人たちが自分を残して死んでいくなんて。

 それでも、まだまだ分からないことが多い。手短にと言ったのに、まだまだ話は続きそうだ。そう感じたのは部長も同じだったようだ。

「なるほど、黒龍と杉花粉の話は分かった。それに、沢の付く性と杉の付く姓の意味も推測だけど分かった気がする」

 部長は言葉にはしなかったけど、沢の付く姓はこのベネトナッシュの子孫。杉の付く姓は杉沢村から逃げ出した人の子孫だと俺にも分かってしまった。なら俺は……。

「だけど、それだけじゃ今の状況は説明できない」 

 部長が俺たちの思いを代弁した。

「ああっ、俺が何百年かこの杉沢村を離れていたんだが、杉沢村から流れてくる花粉の呪いが薄まってきたなと感じたんで、この村に戻ってきた時、もう村はこうなっていたんだ。周りの大地は隆起し、黒龍の墓標であった巨大な杉の木は、半ばで折れ、幹は途中まで縦に裂け、表面は焦げて煤がまとわりついている。さらに村のあった場所は抉(えぐ)れて村は土砂の下に埋もれていた」

「じゃあ、何があったのか分からないのか?」

「やっ、そんなことはない。俺が村に帰った日、俺の母親が枕元に現れて、真実を語ってくれた。おふくろの奴、姉妹に助けられて、もう天界に戻っていたみたいでさ。それについては色々苦労したみたいだ。お袋の亡骸を俺と爺さんで埋葬したんだけど、爺さん「誰にも邪魔されず、安らかに眠れるように」って呪術を施して結界を張ってくれたんだ。でも、その結界が中々強固だったみたいでさ。天帝の許しを得て、姉妹たちがお袋の魂を迎えに下界に降りて来たんだけど、結界が邪魔して、魂がこの村に縛り付けられていたみたいなんだ。

 俺と爺さんがこの土地を離れた隙に、何とか結界を解除して、お袋たちは天に帰られたってわけ。爺さん、人が良いんだけど、時々やりすぎていたからな。

 それで、都に出た俺たちだったんだけど、爺さんが死んだ時、爺さんを埋葬するために一度だけ杉沢村に戻ったことがあるんだ。爺さんにはいろいろ世話になったし、爺さんの遺言だったしな。

 でも、その時はまだ杉の木は健在だったんだ。もっとも、村人のほとんどは病で死んでいて、生き残った者も村を出て逃げたみたいだった。村は人っ子一人いない廃墟になっていたんだ」

「その時はまだあんな化け物はいなかったんだな?」

「ああっ、そうだった」

 ベネトナッシュと部長の会話に何か違和感がある。でも、どこにあるのか考えているうちにベネトナッシュが話を続けた。その話は、ベネトナッシュが母親のアルコルから聞いた話で、今の状況を語るものだったので、そのことはすっかり忘れて聞き入ってしまったのだ。

「そして、爺さんを埋葬した後、ひとり村を離れて、俺の体質(不老不死)に絶望して、再び村に帰ってくれば状況は一変していたんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る