第26話 杉沢村だって!

「杉沢村だって!」

「そうだ。そして、この沢は天からみてもそれは美しかったらしい。ある時八人の姉妹の天女がこの沢に降りてきて水浴びをしていたそうだ」

 その話はやっぱり天女の羽衣の話に繋がるのか? だとしたらその話はやはり……。

 それはメンバー全員が思ったことようだ。これは悲劇の天女の呪いだと……。

 ごくりと唾を飲み、ベネトナッシュの次の言葉を待つ。

「そして、天女が水浴びをしているところに、この杉沢村の村人が偶然通りかかったんだ。

 村人はその天女たちのあまりの美しさに心を奪われ、暫し放心していたという。そして、気が付いたら、天女が杉の枝にかけていた天の羽衣(はごろも)をその手に握りしめていたらしい。

 そして、その行動に驚いたのが天女たちだ。我さきにと杉にかけていた羽衣を纏(まと)い、天へと逃げ帰ったのだ。そして、天の羽衣を村人に盗まれて、天に帰れなかったのが八人姉妹の末っ子で姉妹の中でもっとも美しかったアルコルだった。

 アルコルは、村人に見つめられ、あまりの恥ずかしさにその身をその辺にあった葉っぱで隠したそうだ。アルコルもその男のことがまんざらでもなかったらしい」

「意義あり!! なんで、そのアルコルとかいう天女は、村人がまんざらでもなかったってわかるんだ? お前、もしかしたらその村人本人か? てめえの犯した罪をまさか軽くしようとして、お前、強姦を和姦にすり替えようとしているだろう」

 思わず犯罪者に都合の良い展開に、法を学ぶものとして異議を申し立ててしまった。

 しかも目の前のこいつは、今話している話を、目の前で見てきたような発言を最初にしているんだ。自分の都合の悪い部分を、いかにも人から聞きましたという話し方は、噂話では常套手段だ。いや、今聞いているのは昔話だけど……。昔話も噂話に尾ひれがついて伝承となった話だしな。

 すると、男はクスリと笑った。

「力ある天女たちにとって、人なんてゴキブリ以下の存在だぞ。そんなゴミみたいな存在相手に恥ずかしさを感じるか! 君たちはどうなんだ?」

「まあ、ゴキブリ相手に恥ずかしさは感じへんな。気色悪うって、嫌悪は感じるやろうけど」

 彩さんが逆に投げかけられた質問に返事を返した。

「そうだろう。彼女は恥じらいを感じたんだ。その村人を自分と同等の存在と感じたんだ。それに、悪いけどこの時点で俺はまだ生まれていない。まあ、この話は、あとで天女本人から俺が聞いた話だ」

 部長がその話を聞いて納得するように頷いた。

「もしかして、君はそのアルコルという天女の子どもなのか?」

「その通りだがよくわかったな?」

「アルコルとベネトナッシュ、それは天の星を表す。そしてそのアルコルは、北斗七星のミザールのすぐそばにある輔星(ほせい)と呼ばれ、生命をつかさどる星と呼ばれている。もっともアルコルのわずかな輝きが、年老いて目に見えなくなると死期が近づいていると予言されただけのことだが。

それでさらに小さい星が、アルガイトに重なるようにある。これがベネトナッシュ、弼星(ひつせい)と呼ばれ、アルコルと同じく北斗七星の従者の位置づけになる。

やはり伝説の通り、天女たちは天星人なのか?」

「そうだ、天の星をつかさどる神様たち天星人が俺たちのルーツ。俺は生まれた時にアルコルに名付けられたんだ。そのアルコルは、村人に村を裕福にしてくれと頼まれたんだ。そうしたら羽衣を返してやると言われてな」

 

 その話を受けて、部長はこの辺りに伝わる天女伝説を話し出した。

「それで、アルコルは村人についていき、まずは、その村人の家を裕福にする。アルコルは村人に天界に実る果物の種を与え、豊かに実った果実を町に売りに行き、果実を売ったお金で糸を買ってきてもらった。

それで、アルコル自身が見事な布を織り、それが評判になって、町で高く売れて、どんどん裕福になっていくんだろ。その果物の種とは桃だと言われているがどうなんだ?」

「よく知っているな。でも天の果実は今の桃とはちょっと違う。のちにアルコルは、その種を村人たちに分け与えて、杉沢村は桃源郷と呼ばれるほど裕福になる。もっとも、この天の果実は、天界に満ち溢れている神気を吸って大きくなるんだが、神気のない下界では天人(アルコル)の神通力を吸って大きくなるんだ。

 これで、杉沢村は周りの村に比べても大変豊かになったんだが……」

「村人たちは、アルコルを天に返すどころかますます豊かにしろと迫った。何しろ、人間の欲には限りがないからなー」

 部長は、申しわけないと言うように、人間の性(さが)を指摘した。

「まあ、そういうことだ。それで、アルコルが日々、体がやつれていくのを見るに見かねた村人が、羽衣をアルコルに返そうと、村の長に相談したところ、長はその話を町に住むこの村の領主に話してしまう。もともとアルコルの美しさに参っていた領主は、村人を殺してアルコルを我が妻にしようとしたんだ」

「その話は知らなかった。それで村人は殺されたのか?」

「ああっ俺の父は領主の雇った武士たちに殺された。その時、すでにアルコルの腹の中には俺が居た。アルコルと村人は結構仲睦まじかったらしいな。

それで、アルコルは俺を守るため、杉沢村から逃げ出そうとしたんだ。でも、領主が連れて来た武士どもが、村中を探し回って、村を荒らすんで、村の人間は、誰一人アルコルを庇うことはなかったんだ」

「だから、アルコルは、杉沢村から村八分にされ村はずれの山に中に住んでいた炭焼き小屋の老人に助けを求めた。そして、かくまってもらううちに俺が生まれた。しかし、神通力を使い果たして、逃亡生活をしていた俺の母は、子供を産むには体力がなさ過ぎたんだ。下界には天界では空気のようにある神気が無いからな。お袋の体力は回復することがなかった。それで俺を産むと同時に命を落としてしまったんだ」

「……そんな……」

 俺たちが知っている悲劇よりさらに悲惨な結末に、美優たちは瞳に涙を浮かべている。

「だが、話はアルコルが死んで終わりじゃないんだ……」

「でも、俺たちは天女が死んだ後のことは聞いたことがない。一体なにがその後起こったんだ?」

 部長の質問は、今の俺たちが陥っている状況の核心に触れるものだろう。これは天女の呪いではなく黒龍の呪いだといった。ならば黒龍とは何なんだ?

 俺たちは、ベネトナッシュの次の言葉を待つ。

「天女が死んで、家のかまどに隠されていた羽衣に異変がおこったんだ。羽衣は自らの意思を持って、かまどから飛び出したんだ。

天女の羽衣の素材、それは、天星人の頂点、天帝を守護する白龍のうろこから作られている鎧なんだ。そして白龍のうろこは一枚一枚に核を持っていて、意思を持っている。

その核がアルコルの死を知って、天帝から託された天女を守るという使命を全うできなかった自分の不甲斐なさと人間の冷血さに、怒りが頂点に達し、羽衣自らが白龍の力を得て、龍の姿になり、かまどから飛び出したんだ。

かまどから飛び出した龍は、怒りと恨みで、口から瘴気を吐き、その姿は真っ黒だった。

羽衣は邪悪な黒龍となり、天女の恨みを晴らそうと村を襲ったんだ。

それこそ、瘴気を吐きながら、その身に雷雲をまとう黒龍の姿はおぞましかったらしい。一目見ただけで、村人の生気を奪い病に伏すようになり、村人は黒龍の瘴気を避けて、家から一歩も出ようとしなかったらしいんだが、そうなっても、黒龍はその家々を襲い、雷を落とし焼きつくそうといたんだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る