第24話 一人だけ普段と変わらない麗さんがいた

 その中で、一人だけ普段と変わらない麗さんがいた。そうか、麗さんは普段から青白いほどの透明な肌をしていたんだ。

「あの杉の木が呪いの大本。あの杉を結界で封印すれば……」

「何とかなるのか?」

「たぶん……」

「でも、どうやって?」

 俺がそういうと、麗さんは、リュックを肩から外し、リュックの中から荒縄を取り出した。

 その荒縄、半紙で作った紙垂れが注連飾りのように施されている。

「なるほど、しめ縄か?」

 部長が、麗さんの手元をのぞき込み言葉を吐く。

「そう、これをあの杉の大木に巻き付け、呪いを撒けないように結界を創る。今回は大ごとになりそうだったから、一〇〇メートルの長さを持ってきた。正解」

「しかし、どうやって……」

「私をあそこまで連れて行ってくれたら、印を結び結界を張る」

 いや、無理だろう。建物を囲むあの化け物たちを突破して、あの大木まで行きつける気がしない。

 さっき、あいつらにスライディングをかまし、バットを打ちつけた俺だから断言できる。

 奴らを人間と同じと考えない方がいい。蹴った時に感じた重さ、バットを打ち付けた時の手ごたえ。人ならもっと脆いはずだ。血肉ではなく何か別の物でできている。さっき、部長と麗さんが言っていた大地の気か? いずれにしても、バイクで体当たりしても、そのまま、バイクを掴み、引きずり倒すぐらいのパワーはありそうだ。

「……参ったな……」

俺も意図せず、口から言葉が出た。そんな俺の顔を見て泣きそうになっている美優。そんな美優の顔を見ていると、俺は無性に怒りが湧いてくる。

「あと少し」

 俺の顔を見て、小さく麗さんが呟(つぶや)いた。

 

 *****************


 巨大な杉の木の下にある小さな掘立小屋。その中で、昨日から始まった惨劇の間、男は目を閉じ、座禅を組んでいた。

 そんな男がわずかに感じ取った気の膨らみ、男は怪訝そうに片眉を上げる。

「まさか、黒龍の呪いを弾く気が存在するのか? いや、これでは無理だ。あまりにも小さすぎる」

 男は再び、黒龍の荒魂を慰めるように座禅に入る。せめて今回は、少ない犠牲者で終わるように……。一〇〇年前の前回は、六〇人、さらにその前は、迷い込んだ武士たちが八〇人、さらに千年前には、ここに住んでいた村人二〇〇人以上が犠牲になっていた。

しかし、そんなことを考えていると、その心は乱され無我の境地に入れない。

それよりも、先ほどから何度も心に響くこの気の流れ。まるで共鳴するように心をざわめかせているのだ。

思えば、ここ最近はこんなことが続いている。まるで魂が呼び合うように、その波紋はますます強くなってきている。われと同じ神気を纏う者。わが身に流れる血と同じ血が救いを求めている。そして、とうの昔に忘れていた我が役割を思い出す。

そして、ついにその二つの波紋は共鳴して大きく跳ね上がる。

「棺を引く従者!! これが天帝より受けた役割!!」

 男はカッと目を見開き、自分に言い聞かせるように呟いた。

「行かねばならぬか? 行ってともにこの試練を乗り越えなければならぬか? 我が分魂(わけみたま)とともに」

 男は独り言を言い、脇に置いてある軍刀に手を掛けた。その瞬間、強烈な魂を揺さぶる振動(バイブレーション)。

 男は立ち上がり小屋を出て、自分が以前、駆け付けたことがある研究施設を望んだかと思うと、施設に向かって疾風のごとく走り出した。

 その御業(みわざ)は、人間の能力を軽く凌駕(りょうが)している。

目の前に横たわる沢では、水面の上を走り抜け、襲い来る化け物たちは、軍刀を横に薙ぐだけで人型が崩れ霧散していく。それでも、波のように押し寄せる怪物たちに対して、驚異的な跳躍力で、彼らの頭を飛び石のようにして進んでいくのだ。


*****************


ついに所長室のドアが破られ、バリケードを押しやりながら、化け物たちは所長室に押し入ってくる。そして、俺たち窓の外に俺たちがいるのを見定めると、畏れることなく窓ガラスに両手や体を力任せに押し付けてくる。こうなれば、ガラスなど紙の障子と何ら変わらない。その圧力にパリンとガラスは粉々に割れ、化け物たちは多少傷ついたようだが、お構いなしに屋上へと入ってくる。

俺たちは屋上の端へと追いやられていた。

俺はこの絶体絶命の中、美優を背中に庇い、迫りくる化け物を相手にバットを構えていた。

「錬、お願い。助けて……」

 背中に、美優のかすれた声が聞こえた。

 ドクン!心臓の鼓動が大きく跳ね、思考が停止する。

「錬……」

 俺のスイングトップを震える手で掴んでいる。

 ドクン! 心臓が止まり、何かが飛び出してきそうだ。

 ドクン、ドクン、ドクン、何が飛び出すのか、鬼が出るか蛇が出るか、こいつらを倒せるものならなんでもいい。

「錬、心を開放!!」

 麗さんが俺の背中を押すと同時に 俺の中で何かが弾けた。

 それと同時に化け物に走り出す俺。俺は化け物に向かって、バットを横薙ぎに振るう。

 そして、バットの横薙ぎを受けた化け物は、後ろの化け物を巻き込み吹っ飛んでいった。さらに、バットの一撃を受けて吹っ飛んだ化け物が、人型が崩れていき只の砂山になっていく。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る