第20話 そして、笑っていない麗さんだけが

 そして、笑っていない麗さんだけが、真面目な顔をしてツッコミを入れてくる。

「錬のバカ。こういう時の武器は、お札(ふだ)と清めの塩とファブリーズ」

「なるほど。麗さん。お札と清めの塩はわかるけど、ファブリーズっていうのは?」

「ファブリーズの分子結合が、悪霊退散の魔法陣とそっくりらしいんや。ホラーゲームオタクの間やと有名な話なんやで」

「ふーん、彩さんはホラーゲームオタクだというのは理解できました」

「な、なっ……!」

 彩さんのズバリ本質を突いたか? 初めて彩さんから一本取ったんじゃないか。

 俺がニヤッとしていると、部長が俺の肩を叩く。

「沢村、とりあえず、そのバットは預かろう。これから出かけるのに、バットを担いでバイクに乗っていると、」凶器準備集合罪で逮捕されそうだ」

「あっ! すみません、法学部としたことが」

「わかればいいんだ……。沢村」

 お前そのくらい常識だろうと俺の学力を心配する部長。大丈夫です。専門学科でも刑法はゼミで頑張ろうと思っているんです。大目にみてください。


 出発前に、多少問題が発生したが(大体俺のせいで)、予定通り(一〇分遅れで)、心霊スポット研究会は、黒姫山(杉沢村?)に向かって出発した。

 そして、一時間半後、黒姫山に一番近いインターを降り、さらに一般道で黒姫山に向かう途中、休憩がてら、早めの昼食をとるために、道沿いのファミレスの駐車場に入った。


 連休初日だが時間も早いこともあり、並ぶことも無く、席は男三人女三人の並んだテーブルに腰かけることができた。なぜ男三人か、それは杉田が喫煙席を望んだためなのだ。付き合いの悪い杉田を見るとは無しに見ていると、杉田は電話を掛けるため何度も席を立っている。それに今日はほとんど言葉を喋らない。一体どうしたんだ?

まあ、そんなことは、メニューを見て、注文して、料理が運ばれてくれば、どうでもよくなってくる。

男は鉄板のガッツリ系、女性はパスタを注文し、店員さんお薦めのドリンクバーは、女性陣のソッコーの辞退に男も遠慮して辞退したのだ。

 女の人って大変だ。俺ドリンクバーは、5杯は飲むから、コンビニの飲み物を買うよりお得だと思っているのに。


  *****************


 一方、杉田は焦っていた。

 昨日、ヤリサーの先輩から、「すげえ、本当に旧日本軍の施設があった。それに巨大な杉も。俺たちもこれから施設を探検して、計画を練る」という電話を貰った後、全く、電話がかかってこなかったのだ。

 それで、杉田も何度も電話を入れたのだが、携帯は「電波の繋がらない地域にいるか、電源が切れています」と言うメッセージが流れるだけだ。

 どうやら、例の場所は携帯がつながらない場所なのか? しかし、夜には何もないその場所を離れるだろう。せめてコンビニの駐車場とかで夜を過ごすはずだ。何か不測の事態でも起こったのか? いや、あの人たちに限ってはそんなことはないはずだ。

 それに、沢村が余計な物を準備してきている。何とか連絡を取らないと、怪我人が出るかも知れない。絶対に連絡を取らないと……、などと杉田は考えていた。

 杉田は、ヤリサーたちの計画の全容を知らない。まさか、沢村たちを袋叩きにして、沢井たちをさらおうとしていることなど知る由もない。

 何か連絡を付ける方法はないかと一人、思考を巡らせていた。


 *****************


 心霊スポット研究会が乗る車は、メイン道路を外れ、車がやっと一台通れる林道を走っている。俺は麗さんの車の跡を走っているのだが、片側が崖になった道路もなんのその、全くビビることも無く快調に飛ばしている。途中、部長の運転する車と先頭を変わったとたん、ずっと良いペースで走っているのだ。おかげで部長の車ははるか後ろだ。

 麗さんって、おっとり穏やかな性格だと思っていたのに、ハンドルを握ると性格が変わるタイプだったんだ。

 そんなことを考えながら俺もアクセルを吹かす。俺だってこんなワインディングロードには血が騒ぐのだ。

 そして、いよいよ分かれ道に差し掛かり、国有林の侵入禁止の看板が立つ道路にハンドルを切る。ここまでくれば、道路の両脇から迫る雑木で、道はますます狭くなり、アスファルトは根っこでひび割れ、地下水の流砂によって陥没している箇所もあり、補修もされていない路面が続いている。

 さすがに、麗さんもスピードが落ちる。逆に俺のオフロードバイクはこれからが本領発揮だ。そんな道を三キロほど走っただろうか、道は突然行き止まりになった。

 車の旋回箇所のようで少し広くなっている。そして、脇には、ドロドロになったシートに包(くる)まれたたぶん車が打ち捨てられている。こんなとこまで不法投棄に来るんだ。

 などと考えていると、やっと部長の車が追い付いてきた。部長が窓を開けると、俺たちに怒鳴った。

「行き過ぎだ。五〇メートルほど戻ったところに砂利道があっただろう。あそこで曲がるんだ」

「そんなとこ在ったかな」

「まあ、道が荒れてて車じゃ行けそうになかったけどな。ここまではグーグルマップの通りだ。ここに車を置いて歩いていくぞ」

 そういって、部長は車から降りてくる。麗さんたちも部長の話を聞いて、車から降りて来た。

「さて、それでは打合せ通り、ここから一キロほどは歩きだ。一人ずつ沢村のバイクに乗せてもらうことになるんだが。順番はどうしよう」

「女性が最初にいくと、目的地に女性が一人取り残されることになるから、最初は男だろう」

「そうだな、部長を最後に残す方がいいだろうから俺が先に行こうか」

 車の中で打ち合わせていたのだろう。山岡と杉田が提案した。俺も山岡の理由には一理あると思う。二人の言い分に逆らう理由がない。

「それじゃあ、杉田先輩後ろに乗ってください」

「そうか、あっ、そういえば、一応お前のバットも担いでいってやるよ。お前が担ぐと人を乗せるに邪魔になるだろう」

「おっす。先輩、よろしくお願いします」

 杉田が俺から凶器を遠ざけるための提案。そんなこととは知らない俺が同意すると、杉田先輩は自分のリュックと俺のバットケースを担ぎ、俺の後ろにまたがった。

「先輩、しっかり掴まっていてください」

 俺はアクセルを吹かし、左足でチェンジを入れ、クラッチをつなぐ。

 そして、道を戻り、左手に砂利道を見つけ、ハンドルを切る。

 なるほど砂利がひかれているだけなので、両側の雑木はますます道に迫り、枝は、道を覆うように生えている。それに、砂利道のところどころには、木々が伸びてきており、倒れた幹や折れた枝が砂利道をふさぐ。

(これは、車じゃ無理そうだな。航空写真でも、獣道程度にしか見えなかったしな)

 俺は、心の中でつぶやいた。そして、一分ほど走ると、道路を塞ぐように、らせん状に巻かれた有刺鉄線が切られていることに気が付いた。

「あぶねー」

 人を乗せているので,そんなにスピードを出していない。せいぜい二〇キロほどである。俺はそれをうまく避けて、さらに砂利蜜を進む。

「踏んでねえよな? パンクなんてシャレになんねから」

 俺は一人愚痴るが、後ろの杉田は別のことを考えていたようだ。そして、目の前に隆起した城壁のような壁があらわれる。正真正銘ここが終点のようだ。

 もっとも、砂利道はさらに城壁にある防空壕のような洞穴まで続いている。

 俺はバイクを止める。

「杉田先輩付きました。どうやらあそこが杉沢村への入り口みたいなんですけど、入るのは全員そろった方がいいですよね」

「そうだな。じゃあ。俺はここで全員揃うのを待っているから」

「わかりました。大体、往復で五分ぐらいかかりますので、待っていてください」

 俺はそういうとバイクをスピンターンさせて下っていく。

(冗談じゃねえぞ、七人をここまで連れてくるのに一キロの道のりを一五回、一キロ3分もかかっていたら四五分もかかっちまう。思ったほど勾配の無いこの道のりなら、三〇分も掛ければ、歩いて登ることができるだろう)

下りの俺のバイクのメーターは六〇キロを超えていた。



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