第21話 一方杉田は、防空壕に向かって
一方杉田は、防空壕に向かって小走りに急いでいた。早くヤリサーの先輩たちに合流しないと、俺は先輩からどんな計画なのかも聞いていない。
入口の切り開かれた有刺鉄線を潜り、懐中電灯で照らしながら、防空壕を二〇メートルくらい進むと、その先には開け放たれた鉄の扉が見える。開け放たれたというより、押し倒されたようになっている。
その光景を見て、杉田は確信する。
先輩たちはここにきている。じゃあこの建物の中のどこかにいるのか。
「先輩―!!」
声を出して探してみるが、声が返ってくることはない。
広い地下フロアーの先に階段があるのを見つけた。この建物はかなり広い。不安になった杉田は、バットケースから金属バットを取り出して、バットを構えて慎重に階段を上がっていく。
そして、階段を上るとエントランスに出た。その廊下の先には、壊れた玄関と思われる扉が、明かり窓から入る光に浮かび上がっている。
「先輩!! 松本さん!!」
再度、大声を上げるが、自分の声が反響するだけで、やはり返事は返ってこない。
どうする。沢村がもう次のメンバーを連れて戻ってくることだろう。いや、先輩たちは外に出ているのか? そういえば、杉の巨木を見つけたと言っていた。
やはり、先輩を見つけなければ……。サークルのメンバーには何とでも言い訳が立つ。先輩たちの計画を聞かなければ、うまく女性陣たちを分断することもできない。
そう考えて、杉田は出口の方に歩みを進めた。
そこで、杉田は気が付いた。地下から吹き抜ける音とは違う。人間のうなり声のような声を……。慌てて振り返った杉田の目に、異様な姿の集団がこちらに向かって歩いてくるのが映った。
バカな、それはまるで映画で見るゾンビの集団。両目、両耳を潰され、歪んだ口を大きく開け、手足はあり得ない方向に曲がっている。自分は映画の世界に迷い込んだのか? 肝試しにやってくる男女のグループ、それを襲うゾンビたち。
パニックになりそうな杉田、しかし、発狂する寸前のところで、思考が踏みとどまる。
奴らの動きは鈍(のろ)い。走れば逃げ切れる。それに、俺は金属バットを持っている。こいつは硬式用の金属バットだ。奴らの弱点の頭をぶっ叩けば、腐りかけの脆い肉体など頭ごと吹っ飛ばせる。
引き返すことはできない。とりあえず外に出る。そして、様子を伺って、後から来る心霊スポット研究会のメンバーをおとりになんとか自分だけ助かるのだ。
そこまで考えて杉田は、玄関に向かって駆け出したが、廊下に左右に並ぶドアからもゾンビが飛び出してきたのだった。
杉田は、なんの躊躇もなく、金属バットを振りかぶり渾身の力で、ゾンビを殴りつけた。
手ごたえはあった。しかし、よろめくだけでゾンビの足は止まらない。まるで津波のように押し寄せるゾンビたち、やがて、ゾンビたちの波に飲み込まれ、その波は、一部が煙のように消え、玄関から杉田を引きずりながら、引き潮のように玄関から外に出ていく。
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俺は、一分ほどで、砂利道を駆け下りていた。そして、次にバイクに乗せたのは彩さん。次は女性だろうとは考えていたが、同じことを下にいるグループも考えていたらしい。しかも、麗と美優を杉田と二人きりにするのは問題があると考えて、女性陣の意見を聞き入れ、杉田が苦手意識を持っている彩さんに決まっていたのだ。
もちろん、俺に異論はない。
すぐさま、彩さんを乗せて、防空壕の入り口まで戻ってきたのだが、そこに杉田はいない。
「なんで杉田先輩はいないんだ?」
「あいつ、先に行っちゃたんやな」
「なんでそんなことを?」
「心霊スポット研究会は好奇心の塊やで」
「だからと言って……。彩さんは絶対にここを動かないでください。俺、メンバーを連れてすぐにここに戻ってきますから!!」
「あら、お姉さんのこと心配してくれるん?」
「ふざけないで、絶対ですよ!」
「わかった、わかったって」
俺は念を押し、すぐさまユーターンをして砂利道を下っていく。
そして、手っ取り早く部長に事の次第を話、今度は山岡を乗せてさっき来た道を引き返す。
そして、防空壕まで戻ってくると、ちゃんと彩さんは待っていてくれた。
ホッとする俺。俺は彩さんと二言三言、言葉を交わすと再び砂利道を駆け下りる。
今度は、麗さんを乗せると防空壕までの往復を繰り返す。
そして、次に戻ってきた時は、部長と美優は切られた有刺鉄線のところまで上がってきていた。
「おっ、沢村早いな。まあ、往復する距離がだんだん短くなっているからな」
「部長、そんなことよりも、そんなところで何やっているんですか?」
「いや、この有刺鉄線……。錆びが浮かんでボロボロになっているんだけど、切り口だけは新しいなと思って」
「じゃあ、最近誰かがここに来たっていうことですか?」
「まあ、そうなるかな。心霊スポットではよくあることだし、気にするほどのことでもないか」
「そうなんですか? まあ俺にはよくわからないんですけど……。美優乗ってくれ」
「うん」
「それじゃあ、部長行きますから」
「ああっ」
かなり、砂利道は荒れている。上下に激しく振動するバイクに、美優は俺の背中に振り落とされないようにしがみついている。
腰を密着させ、俺の腰に手も回されると、思わず俺の方の腰が引けてしまう。そういえば、今まで美優は、バイクには横座りでしか乗ったことがなかった。ちょっといたずら心が起きて、バイクを木の根っこに乗り上げさせ、小さくジャンプさせる。すると、俺の予想通り、美優はさらに腰に回している手に力が入っている。
杉田が消えたことによる不安からの焦りはすべて消え、俺は冷静さ(スケベ心)を取り戻す。やっぱり美優は最高だ。
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