第19話 四月二七日

四月二七日

 いよいよ、今日は杉沢村探索の日だ。俺は何か嫌な夢を見て、寝起きがすこぶる悪かった。夢の内容はよく覚えてないんだけど、いつも夢に出てくる男が何かを訴えているが、何を言っているのか分からない。そして、彼は「やはりいい」と最後は背を向けるのだ……。頼み事があるなら俺に聞かせろ! それが俺のやるべきことだと脅迫されるようなこの気持ちは何なんだ?

 お前は、一体俺の何なんだ!!


 **********


「あら、錬早起きね。せっかく休みなのに、どっか行くの?」

 早速お袋が俺に声を掛けてくる。

「ああっ、部活に……」

「えっ、まさか野球部! だから、昨日、庭の倉庫からバットを出してきたのね?」

 なんだ、この母親はいまだに俺が野球をしたいと思っているのか? 確かに小学校のスポ少からずっと練習や試合にと苦労をかけ、この家の生活の一部にはなっていたけど。それが俺が肩を壊してからは、一切、練習や試合に顔を出さなくなってしまったけど……。まあ、心配は掛けたけど、俺はもう吹っ切れているから。

「違う、違う。ただのサークルだよ」

「サークル?」

「同好会みたいなもんだよ。俺の入ったのは、飲み会とハイキングが主な活動のサークル」

 さすがに、心霊スポット研究会とは言い出せない。どんな反応をされるのかもわかったもんじゃない。

「そう、それで今日は?」

「黒姫山でハイキングなんだ」

「黒姫山、あんなところにハイキングコースなんてあったかしら? それよりも、そのサークルに女の子いるの?」

 なんだ一体、なにが言いたい?

「ああっ、三人いるよ」

「その子たちと話したりするの?」

「そうだな、適当には……」

 なんて言われるか大体わかったから、俺の言葉のトーンがだんだん下がってくる。

「仲良くなったら、絶対に家に連れてくるのよ。私からも錬のことしっかりお願いしてあげるから」

 やっぱりその話か。大体、あんた、美優や彩さんそれから麗さんに何をお願いするつもりだよ。子供の恋愛に親がしゃしゃり出てくるって勘弁してくれよ。

「そんなことはないと思うけどな」

 俺はぶっきらぼうに答えて、スイングトップを羽織って出発する準備を始める。

「朝ご飯は?」

「サークルの連中と一緒に食べる。もう時間ないから行くよ」

 そういって俺は、家を出て、バイクにまたがる。セルを回せば一発でかかる。アクセルを開けると今日も2ストの甲高い音が辺りに響く。今日も俺のバイクは絶好調だ。

 天気も上々、俺は大学に向かいかっとんで行く。


 大学の正門には、九時五分前についた。他のメンバーはすでに集まっている。みんな、今日の格好は、ジーパンにジャンパー、足元はスニーカーと動きやすい服装で手を振っている。

まあ、遅れたわけじゃない。俺の家が一番遠いのだから仕方ないよな。

「ちわっす」

 俺は遅れたお詫びに盛り上げてあげようと大きな声で野球部時代の挨拶をする。一般の人には受けが悪いんだけどね。

「「「オッス」」」

 男三人はいつものように返事を返す。

「おはよう、錬君」「うん、おはよう」「おはようございます」

 彩さん、麗さん、美優はなんか言葉にやる気が見られる。

 しかし、俺の空元気は、年上のお姉さんにはすぐ見破られてしまうみたいだ。

「錬君なんか、テンションが低いやん。それに眠そうやし」

「わかります。なんか変な夢を見て、寝不足なんですよ」

 その返答に美優も同意してくれる。

「なんか、私も寝付けなくって、錬と同じね」

「美優ちゃんの寝不足は、チャイルドシンドローム」

「チャイルドシンドローム?」

「休みの日に限って早起きちゅうやつやな」

「なるほど」

「私、そんなんじゃありません」

「まあまあ、全員集まったからそろそろ出かけよう」

 鈴木部長が助け舟を出す。あのまま続けていると、美優をからかい出して、なかなか出発できなくなるからね。しかし、俺はここでどうしても譲ることができないことがある。

「俺、朝飯食ってきていないんで、そこの喫茶部でモーニングを食いたいんですけど。一〇分、いや五分待ってくれません。皆さんもコーヒーでも飲んでさ」

「私たち、水分は取らない」

 麗さん、あなたの話し方だと理由がいつもわからないんです。そこで部長が解説する。

「女性はね。廃墟とかそういうところはトイレがなくて困るんだよ。それで、前の日からなるべく水分を取らないようにするんだよ。コーヒーなんて最悪だな。それに、黒姫山に一番近いファミレスで早い食事をとろうと思っているから、沢村君、それまで我慢してもらってもいい」

「そういうことなら、我慢します」

「俺たちは車の中で、酒飲んだり、つまみ食ったりするけどな」

 杉田が嫌味を込めて言ってくる。

「そうだ。私もおやつ用意しているから。これ食べて」

 って美優から渡されたのはポッキー。なんか微妙だ。でも喜んで腹に入れてから自販機で缶コーヒーを買い一気飲みする。

「よし、目が覚めた。お騒がせしました。準備オッケーです」

「よしそれじゃって、沢村君、肩に担いでいるケースってバットケースだよね? それって何に使うの?」

「部長なに言ってるんですか? 武器がいるって言ってたでしょ。だから、持ってきたんですよ。しかも二本。俺、スイッチヒッターだったから、右用と左用と」

「武器って……。君は一体なにと戦うつもりかな? しかも二本も……」

「あれ、部長知らないんですか? バットグリップのテープの巻き方向は右打者と左打者だと違うんですよ。しかも、俺の場合、右用は、ロングヒッターのトップ重心、左打者用は、アベレージヒッター用のミドル重心。俺、道具には凝る方なんで」

 俺はボケたつもりはなかったんだけど、みんなに大受けしている。一人杉田だけが舌打ちをしている。俺が受けるのが面白くないんだ。相変わらず、この人と仲良くするのは難しい。



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