第5話 いらっしゃい!

「いらっしゃい!」

 奥から威勢のいい声が聞こえる。なんて予約を取っているんだろ? 聞いていたサークル名でいっか?

「すみません。心霊スポット研究会なんですが?」

「はい、こちらの座敷になっています」

 おいおい、こんな恥ずかしい名前で予約を取っているよ。まあ、すでに部長の名前もうろ覚えだ。返ってすぐ見つかってよかったけど……。

 案内された座敷に入ると、すでにメンバーが集まっていた。俺たちを入れて全員で一〇人ぐらいだ。

「おっ、来たか。そこに座ってくれ」

 確か部長の世紀末ジャンキーではなく鈴木さんだったかが、俺たちを認めて声を掛けて来た。

 言われた席をみると、上座と思われる場所に座布団が二つ、その座布団をはさんで、藤井さんともう一人は知らない顔だ、そしてその隣には杉田が座っている。そして、俺たちの前に鈴木さんと沢登さん、後の顔は見たことがない。そして、沢井さんは杉田の隣に座っている男に軽く会釈をしている。どうやら沢井さんの知り合いのようだ。

 俺は藤井さんに手招きされて藤井さんの隣、沢井さんは顔見知りの隣の席に座った。

 そしてすぐさま俺と沢井さんの前にジョッキが運ばれて来る。

「よし、本日の出席者が全員そろったところで乾杯だ!!」

「「「「乾杯!!」」」」

 この人たちはすでに出来上がっているようで、かなりハイテンションだ。まだ始まって一〇分も立っていないはずなんだが? いや、これが大学生の乗りというものなのかもしれない。

 俺も初めてビールを一口飲んでみる。うげぇ、にがい。しかし、のど越しは悪くない。俺はさらに一口二口とコクコクと飲んでいた。

 隣の沢井さんを盗み見てみると、おっかなびっくりなめるようにビールを飲んでいる。

 まあ、お互い初体験といったところか。いや、決してヤラシイ意味ではない。

「よし、それじゃあ自己紹介を始めるか。まずは俺から、心霊スポット研究会部長の鈴木隆だ。去年発足したばかりのサークルで二回生ばかりだったところに、新しく新入生を三人も迎えることができてうれしく思う。まあ、活動が屋外で、車で移動することがメインだからこのくらいの人数が活動しやすいと考えている。

 それに今回は、沢登さんのお目にかかった大物新人が二人も入ってくれた。いよいよ、心霊スポット研究会の悲願である失われた杉沢村探索も実行できると思う」

 鈴木会長の力説に拍手が沸き起こる。それにしても杉沢村ってなんだ?

 俺は、鈴木会長の悲願という杉沢村というのが引っかかる。初めて聞く村の名前なのに、どこかで一度聞いたことがあるような気がしているのだ。

 デジャブか? 俺がそんなことを考えているうちにメンバーが次々と自己紹介をして行く。

 えっと、誰だったけ? まあいい。たとえ真面目に聞いていたとしても、俺は一日に五人以上の名前と顔は覚えられない。今日は、沢井美優さん。鈴木隆部長、藤井彩さん、沢登麗さん、それで杉田の野郎、ほら今ので五人。これ以上は無理だ。どうせ後の野郎は野郎ばかりだしな。

 新たに得た情報としては、藤井さんが去年のミスキャンパスに選ばれ、今年は沢井さんで決まりだろうということと、沢登さんも推薦されたが辞退したので、藤井さんにすんなり決まったが、沢登さんが出ていれば、また結果はわからなかったということだ。俺の主観だけでなく、誰から見ても三人は超美人だということが証明されたのは朗報だった。

 後は、沢登さんは霊感が鈍るため、一切アルコールを口にしないそうなのだ。それは徹底していて、みりんなどの調味料が使われている料理さえ口にしないそうだ。

 もちろん、口下手な沢登さんがそういったわけではない。俺がお酒を進めると、前に座った部長などが俺に教えてくれたのだ。


 元々のメンバーの自己紹介が終わり、今度は新入生の自己紹介の番らしい。指名を受けた俺は立ち上がり、そして自己紹介を始める。

「法学部一年、沢村錬です。出身高校は地元の大沢高校で野球をしていました。趣味は体を鍛えること全般、ジョギングや筋トレは今も欠かさず続けています」

「大沢高校って、公立なのに一昨年の秋と春の大会はベスト4まで行ったところだよね。

 一〇数年ぶりに夏の甲子園は、公立高校が出場するかって話題になったのに、夏は一回戦負けだったよね。どうして?」

 鈴木部長の横に座った人が訪ねてくる。いやな思い出を突っついてくるな。

「それは、俺がピッチャーをしていたんですけど、春の大会で肩を壊して……。まあ、ドクターストップというやつで、未だに肘が肩から上には上がらないんですよね」

「そうか、いやなことを聞いてしまったね」

 ちょっとこの先輩、気の毒そうな顔をしているが、こんなことはあれ以来日常茶飯事で、まあそれなりに母校でも期待はされていたみたいだけど、もうこの手の同情や無念をぶつけられるのには慣れっこになった。

「そうか……。だから、引き締まったいい体をしているんだ。喧嘩も強そうだもんな。出場辞退という枷がなくなって、思う存分暴れられそうだな。今日のヤリサー相手に脅しをかけていたからね」

「いえ、そうじゃなくて……。別に喧嘩が強いわけじゃなくて……」

 いきなり鈴木部長に明後日(あさって)の方に話題を振られた。俺は年がら年中喧嘩を売っているわけじゃない。むしろけんかは避けたいと思っている。そうでないとどこまで行ってしまうか自分でもわからないのだ。

「鈴木部長ひどいです。沢村君、顔は怖いけど心は優しいんです」

「いや参った。思わぬところから反撃を喰らってしまった。沢井さん、危ないところを沢村君に助けられたから? それとも捨てられた子猫を拾うところでも見た?」

「沢村君、無理にああいう態度をとっているんです!!」

 沢井さんちょっと怒っている? 

眉を寄せほほを膨らませた顔もすごくかわいいです。

 おっと、沢井さんの俺の顔が怖い発言で一瞬落ち込んでしまったが、沢井さんそれ以上言ってしまうと約束違反です。せっかく二人だけの共有の秘密だったはずなのに。俺は立ったまま、左足で座っている沢井さんのもものあたりを突っつく。

ミニのタイトスカートとから覗くパンストを履いた引き締まった理想的な太さの太ももは、思いのほか柔らかくて思わず全神経が足先に集中してしまった。

 沢井さんは、俺に突っつかれて我を取り戻したようで、言葉を飲み込んで黙り込んだ。

 そして、ほほを膨らませたまま俺を見上げる。

 あっ、今度は俺を見て怒っている? 無断で太ももに触れたからか? だけど顔がなんかほんのり赤くなっているぞ。まさか……、今のところが沢井さんの性感帯か!

「ははっ、沢村をからかうと、沢井さんが睨むのでこれくらいにして、次は沢井さんが自己紹介して」

 俺がよからぬ想像を膨らませようとしたところで、鈴木部長が次の自己紹介を促した。

 よかった。俺の想像が押しとどめられて。とにかく、今日の俺はおかしい。今まで誰にも話したことがない本当の気持ちを沢井さんにさらけ出したり、それに、もちろん、年がら年中エッチな妄想したりなどしていない。

 座った俺の横で、今度は沢井さんが席を立つ。そうすると、俺の目の高さがちょうど先ほど突っついたスカートから太ももの高さになるのだ。俺は横目でチラチラしながらも、何気ない顔で平静を装い、沢井さんの自己紹介に耳を傾ける。

「沢井美優です。文学部一年。出身高校は旭丘高校です。高校時代は新体操をやってました。体の柔軟性には自信があります」

 なに、沢井さん新体操をやっていたの? ヒロインポジション決定じゃん。とりあえずレオタード姿を一度ご披露してほしい。そんなことを考えていると、沢井さんの二つ隣にすわっている杉田からの発言があった。

「そうなんだ。美優ちゃんって旭丘高校のアイドルでさ。旭丘高校の南ちゃんって言われていたんだ。コクるやつも何人もいたみたいなんだけど、勉強と部活が忙しいって断ってたなあ。この大学に来るなんてめちゃくちゃラッキー。大学生になったら少しは時間が空くんじゃないかな」

 なんだ、こらっ。それはお前の黒歴史だろうが? お前がコクって、沢井さんは優しいから、心底断る代わりに、勉強や部活をダシに使っただけだろう。いい加減に気が付いた方が後々傷つかなくて済むんじゃないか? それを後輩の俺が言うのはさすがに憚れる。それでは杉田のお友達の鈴木部長どうぞ!

 すると俺の心の声が聞こえたのか、

「それ、自分の黒歴史ちゃうん。うちと違って美優ちゃんは優しいから、傷つけんように思うて遠回しに振ったのに、その言葉通り取って同じ大学になって喜ぶやなんて、杉田、あんたアホちゃうん」

 おっと、この発言は、俺の隣に座った藤井さんからの発言だ。しかも、このテーブルの端から端まで、よく声の通る大阪弁で容赦なく杉田の野郎を切り捨ててしまった。

 しかも、自分も杉田に告白されたことがあるとカミングアウトしている。

 途端に場の空気が悪くなる。杉田も苦虫をかみつぶしたような顔をしている。





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