第4話 文学部棟入口が見えたところで

 文学部棟入口が見えたところで、メールの意味が分かった。遠目だが、沢井さんが男二人に言い寄られて困っているようなのだ。これはよくあるテンプレというやつか?

 この場合、どう声を掛けるのが正解なんだろう。

大声で叫ぶ「俺の彼女に手をだすな!」? 全力で走って行って「いきなり飛び蹴りを喰らわす」? ヘラヘラ余裕を見せながら「彼女、困ってるじゃないですか」?

 わあっ、恋愛シミュレーションゲームのフラグが立ったということか? 好感度を上げて、フラグをへし折らない対応なんて考えたことがないよ。

 どうする? 俺は考えがまとまらないうちに、沢井さんと男たちのすぐ近くに来てしまった。沢井さんに必死に話しかけている男にムカッとして、いきなり男の肩を掴むと、俺の方に向かせ、顔を近づけ耳元で囁(ささや)く。

「コ・ロ・ス・ぞ!」

 気が付いたら、目一杯ドスを効かせて凄んでいた。

 本日二回目だよ。これって実は俺の口癖だった? あっけにとられた男たちを睨みつけそんなことを考えていた。

 国立大学の校内で、いきなり肩を掴まれ、「殺す」なんて言われるなんて誰も考えていないだろう。

 それに、俺は別にここでけんかになったってかまわない。野球部をやめた後も、毎日5キロのランニングに加え、腕立て腹筋素振りと体を鍛えることは怠ってない。それに、もしここでボコボコにされても、こいつらの顔は覚えた、明日金属バットを持ってボコボコにしてやればいい。

 高校時代も、デットボールを当てられたら、必ずビーンボールを投げていた。相手をビビらすぐらいでないと、県大会ベスト4まで行けるわけがない。すなわちやられたらやり返すが俺のモットーなのだ。


「沢村君!」

「あっ、沢井さん。待たせてごめんね」

 俺とこいつらの間に流れていた緊張の糸が、沢井さんの声で途切れてしまった。途端に男たちも体裁が悪いと感じたのだろう。

「なんだ、彼氏持ちか。悪い悪い。俺たち別にサークルに勧誘していただけだから。ナンパしていたわけじゃないんだ。彼氏もそんなに怒んないで。俺たちもう行くから……」

 そういいながら、スゴスゴと向こうの方に行ってしまった。

「なに、あいつ頭おかしいんじゃない? たかが声を掛けただけであんなに殺気立って、ここが校内じゃなければ……」

「夜道には気を付けろよ。バカが!」

お前ら、話の内容がこちらにも聞こえてるぞ。せめて捨てゼリフなら聞こえないようにしろよ。やれやれとばかりに沢井さんの方に向き直った。

「沢井さん、大丈夫?」

「あ、ありがとう。あの人たち、例のサークルの連中で、かなりしつこいの」

「そっか、あのヤリサーの連中か」

「でも、大丈夫。沢村君が来てくれたし。でも、沢村君も少し怖かった……」

「ああっ、あれは俺自身のポリシー。いや枷(かせ)かな」

「枷?」

「えーっと、もう時間だから歩きながら話しをしようか?」

「うん」

 そういうと二人は並んで、正門の方に歩き出した。


「さっきの話の続きだけど……」

「なに、ああっ、沢村君が怖いって話?」

 そういうと、沢井さんはきまりが悪そうに、くりくりした大きな瞳を伏せてしまった。俺のことを怖いって言ってしまったことに罪悪感を覚えてしまったのかな? でもそう思われるようにこれまで生きて来たんだから、別に怖いと感じた沢井さんには何の罪もない。

「俺は、小さいころから野球をやっていたんだ」

「野球ね……」

「それで、野球っていうのは、流れっていうのがあって、気持ちで負けたら、畳みかけられて、あっという間に負けちゃうんだ」

「なんとなくわかるよ」

「それで、何度も勝てる試合に負けたというか、俺自身が自分の弱さに我慢できなくなったというか……」

「言葉で自分自身を鼓舞しているんだ」

「そういうこと。そういう風に言えば、このもやもやした気持ちが人に伝わるのか。 結局、弱気になったら畳みかけられる。どんな結果になろうとも、必ず前に出続けるって決めたんだ。小心者のくせに内心ビビりながらさ」

「じゃあ、あの時も、沢村君は怖かったんだ!」

「そうそう、心臓が口から飛びだしそうなくらい。それでもありったけの勇気を振り絞ってさ」

「でも、けんかになったらどうするの?」

「だから、どんな結果になろうとも、必ずやり返えすって決めてからは、気持ちが楽になった。それまでは負けることが怖かったんだけど、負けを自分が認めなければ負けないんだってわかったから」

「ふーん、そうなんだ」

「まあ、だから怖がらないでよ。俺も実はすごく怖いんだからさ」

「かっこいいね」

 いきなりストレートに感想を言われて、ドギマギしてしまう。

「い、いや、そんなことないよ。今のはここだけの話ということで、俺の連れも知らない話で、俺ってキレやすいって言われているから」

「いいよ。沢村君ってひょっとして女たらしかな? 女の子と秘密を共有して、親しくなってしまうなんてね」

 親しい? いや俺はそんなことを計算に入れて話すことなんて絶対に無理。焦ってしどろもどろになった俺は、自分でもわかるぐらい顔がほてっている。

 そして、そういった沢井さんも、自分の結構踏み込んでしまった発言に気が付いたのか、耳まで真っ赤にしている。やっぱかわいいな。俺は胸元に食い込まれてファールで逃げるのが精一杯だよ。

「あ、ここだ、着いたみたいだよ」

 目の前に、居酒屋勝ちゃんの看板があった。

「もう、心霊スポット研究会の人たち来ているかな?」

「もう五時過ぎているんだから大丈夫だろ。主賓は最後に登場するものだし」

「うん。そうだね」

 そう言って、二人で暖簾を潜った。





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