第6話 鈴木部長がこの場を 

 鈴木部長がこの場を必死にとりつろうとする。

「まあまあ、藤井さん。大分酔ってますよね。気を取り直して、大杉君に自己紹介をしてもらいましょう」

 ああっ、こいつ杉田の後輩だったっけ。この雰囲気の中、自己紹介をするのは大変だぞ。やはり俺と同じことを考えたのだろう。この大杉ってやつは、全く無難な自己紹介で済ませていた。

 それからは暫し雑談となったのだが、鈴木部長がサークルの実績を話す間に、沢登さんが合いの手を打ち、藤井さんが混ぜ返すで、終始話が進んでいく。

「俺たち、とにかく色々な心霊スポットに行ったんだよ。もうこの県内はほとんど行きつくしたって言うぐらい。ます最初は廃病院かな。とにかく空気が淀んでいて、いつ幽霊が出てきてもおかしくないような……」

「でも、霊は感じない。只の病院。死人もでてない」

「そうそう、結局何もないのに、みんなビビりやで、試しにうちが悲鳴を上げたら、自分らみんな逃げ出したんや。残ったんは、うちと麗だけやん。何が怖かったって、懐中電灯持って逃げられて、足元の悪い中スマホのライトだけで戻ったんで」

「みんな臆病。私も瓦礫や割れたガラスが怖かった」

「……まあ、後は廃遊園地とかも行ったよな。廃遊園地は、荒れ果てているのが怖かった」

「幽霊より、バブルが弾けたのを目の当たりにした方が怖かったわ」

 さすがは大阪商人の血を引く経済学部 藤井さんだ。

「でも、霊はいない。只のこけおどし」

「そうそう、麗がめちゃくちゃ怖がったのが、お化け屋敷とミラーハウスだったよね」

「人間の作り出した物が一番怖い」

 この人たち、廃遊園地にいってわざわざお化け屋敷に入ったんだ。でも、確かに想像するだけで怖い。隣で衝撃の事実を受け、俺の腕をきつく掴んでいる沢井さんの腕を感じながら、俺は役得感に浸っていた。

「後、歴史的な心霊スポットにもいったんだ」

「歴史的なスポットと言えば、この県で言えば、首塚峠に推理小説の元ネタで有名になった連続殺人事件のあった村とか、あと幽霊が出ると噂になった黒鵜峠のトンネルとか?」

 俺が試しに思い付く限りに、話題になったことのある心霊スポットを片っ端から上げてみた。

「その辺は全部回ったかな」

「そう、それなりに霊が居たところは在った」

「そうなんよ。麗が反応するところは、気持ちが落ち込んだり、悲しくなったり、とにかく、感情が抑えられへんねん」

「それは、霊の波動をもろに受けるから。霊の気持ちと重なる」

「へえ、そうなんだ。霊障とかはないんですか?」

 あまり恐怖を感じないので、あえて尋ねてみたんだが。

「ああっ、在ったぞ、気分が悪くなったり、吐き気を催したり」

「あれは霊障じゃない。極度の緊張で体調を崩しただけ」

「そういやあ、血圧や心拍を図ったら、血圧二〇〇越えとか、心拍数一五〇越えとか、お前ら、どこを全力疾走してきたんやちゅう感じやったな」

「いや、なんで心霊スポットに血圧計を持って行ってるんですか?」

「心霊スポット巡りはハードだから、しっかり体調管理しないとな」

 いや、この人たち只のお笑い探検隊だ。俺は頭の中に川口ひろし隊長のテーマソングがヘビーローテしている。

「今、沢村君、僕たちの行動にあきれているでしょ? でも、本物に会ったこともあるんだよ。ほらこれを見て」

 部長がスマホの動画を見せてくれる。どこかの廃墟のようだが、時々駆け回る足音が聞こえたり、笑い声が聞こえたりしている。これは? この人たちが音を出しているわけではないのか。「何か聞こえる」「気をつけろ」など緊張感のあるやり取りが続いているようだ。

 すると、前方の暗闇の中、何かが横切ったように見えた。俺は肩をビクっとさせ、一緒に見ていた沢井さんは「ひっ」としゃっくりを飲み込むような下品な声を上げた。うん、息が詰まって声が出ちゃったんだね。でもかわいいから大丈夫。

「これ、本物ですか? なんかどっきりかやらせですよね」

 確かに驚いたが、これが心霊現象だと言われるとちょっとな~と疑問に感じる。何か心霊現象というには決めて手を欠いているように感じるのだ。

「さすが沢村。これは人間。感情からは悪意しか感じない」

「しかも、何回もこういうことがあったんだ」

 なるほど、これは肝試しでいう脅かし役の人間か。

「さすがに、部長が撤収って叫んで、すぐさま撤収したから事なきを得たんや。全くひどい奴らやで、こうやって時々脅かして、心霊スポットがすたれんようにしとんのや」

 いや、それはちゃうやろ! 廃屋に人が殺到して誰トクちゅねん。大体そういうところの近所の人は迷惑しとんじゃ。あれか? 近所の人が心霊スポット探訪者相手に出店でも出すんかい!!

 あっ、いかん。藤井さんのばかばかしい推測に思わす大阪弁になってしまった。

「藤井さん。どこまでも大阪商人なんですね」

 俺はポツリと漏らしてしまった。


 まったく、何を行動指針にしているんだ。ただの心霊スポット巡りで、なんの考えも持っていないじゃないか。世紀末ジャンキーは飛んでも説同士をもっともらしくコラボさせて、自ら大胆な仮説を打ち立て、どう突っ込んでいいかわからないうちに、世界平和のために突っ走るんだぞ。

 部長、あなたは心霊現象を追及するには役不足だ。

 俺はこのサークルの底が見えたようで肩の力が抜けてしまった。

 もう、このサークルに入るかどうかは沢井さん次第だな。しかし女の子目当てでサークルに入るのはどうかなー。部活をチャラチャラ楽しむことに抵抗を感じるいやな性分だと自分でも思う。


「しかし、今年度は大型新人を迎え、いよいよ我が心霊スポット研修会の悲願、杉沢村を踏破する」

 そういえば最初の挨拶でそんなことを言っていたな。

「杉沢村?」

「なんだ。都市伝説ナンバーワン、一度は訪れたい心霊スポットの第一位を犬鳴村と二分する杉沢村を知らないと?」

「はあ、聞いたことも見たことも」

 部長が目を見開き、まるで異次元人を見るような顔をしている。そして、おもむろに前のめりになったのだ。いや、部長近い、近いって。

「杉沢村は、一応青森県の山村で起きたと言われる恐るべき惨劇の物語だ」

 部長、顔の下から懐中電灯で照らしましょうか? 思わずそう声を掛けたくなるほどの迫真の演技だ。

「山間に位置する小さな山村で、村外に出るための道は一本のみと言う外部との交流がほとんどない村に住む一人の男が突然発狂して、村人を惨殺して最後は自分も自殺したんだ。

 事態を重く見た行政は、事件を隠ぺいして、「村の廃止」として村の存在ごと消し去ったんだ。しかし、噂というものは広がってしまうもので、「入った者は帰れなくなる呪われた村」という都市伝説が広まって行ったんだ。

 杉沢村の入り口には朽ちた鳥居が立っていて、鳥居の下にはドクロのような形をした不気味な岩があるらしい。それに、廃屋が今も現存していて、家の中は血飛沫の跡が残り、当時の惨劇を今に伝えているらしい」

「らしい?」

「さらに、杉沢村に近づいた者には容赦なく悪霊が襲い掛かるという噂だ」

 俺は、部長と沢登さんとを交互に見ている。沢登さんはうんうん頷いている。

 だとしたら、部長の話には違和感がある。

「部長、それって青森にあるんでしょう。とても県内とは言えませんよ」

「それは杉沢という地名が青森にあるというだけで、都市伝説と結びついただけなんだ。本当の杉沢村はまだ誰も見たことも行ったこともない」

「だったら、その杉沢村ってこの県にあるってことですか?」

「俺は、杉沢村はこの県にあると断言する!」

 えっ、断言しちゃうの? 地元の俺でさえそんな話聞いたこともないのに。俺は隣の沢井さんや大杉を見た。二人とも聞いたこともないという風に首を横に振っている。



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