夢を追う君へ。

@bokoto_1

第1話

久しぶりに出会った初恋の人は、誰よりもずっときらきらと輝いていて、違う世界の人のようだった。


「山本ほんとにプロ入ったのか!すげーなあ」

「夢だって言ってたもんねー!中学ん時から」

自分のことのようにひたすら喜び褒めちぎる皆に、いやでもまだ2軍からスタートだし、全然だよとくしゃっとした笑顔で答える彼は相変わらず格好良くて、大人びている。

周りをみんなに囲まれている状態だから、昔から好きだったんだよ、なんてお酒の勢いで言える状況でもなくなってしまって、もともとぼっちの私は一人でビールをあおった。


「十和」

ぼーっとしていたらいつのまにか彼が横にいた。あれほど騒いでいた皆もさすがに飽きたようで、ばらばらになって話に興じている。

「すごいねー、凛は。夢を叶えてプロ野球選手でしょ?」

みんなと同じように言ったはずなのに、無意識のうちに言葉に硬さが生まれて嫌味たらしくなってしまった。それでも彼は気にしていないかのようないつもの笑顔でありがとう、でもまだまだだよ、とお決まりの言葉を並べる。

「すごいって!私なんか中学の国語教師だからw」

「いやでも十和頭いいもんいい先生になりそう」

分かっている。彼には悪気なんて一切ない。

だけど、苦しくなってしまうんだ。

夢を叶えて輝く君と、叶えたくても絶対に叶わないと分かっていたことに全力投球した結果ここにいる自分。

その差が、すごく、苦しいんだ。

「…」

「十和?」

好きだった、そして今も好きな彼と一緒にいられることは本当に嬉しい。けれど、ライバルだったからこそ一緒にいたくない。

成功しか経験したことのない君はわかってくれないんだろうな。

「…私だって」

「…私だってプロに行きたかったよ」

そか、と悲しく微笑む顔がまた憎らしいほど格好良かった。


中学のとき、一緒に弱小野球部でバッテリーを組んでいた。私がピッチャーで彼がキャッチャー。チームは9人も集まらなかったけれど、バッテリーだけでは地域でも最強と言われるくらいだった。

一緒にプロに行こうね、と約束していたのに。

中学卒業直前の作文でプロ野球選手になりたい、と書き女子はプロになれないよという先生からのコメントで初めて自分の夢は叶わないことを知った。

悔しくて泣いたけれど彼にはそんな姿を見せたくなくて、部活では笑顔で最後まで投げ続け、

高校入学と同時に野球をやめた。

自分が彼に比べて運動神経が劣っているとは思わなかったし、高校野球をテレビで見たりしても自分より腕が弱いピッチャーを普通に見かける。なぜ、女子というだけでプロになれないのか。女子は諦めなければならないのはなぜなのか。

ずっとくすぶっていた思いが彼の言葉で、笑顔で、存在で溢れ出しそうになる。

思わず彼を睨みつけそうになった。


「ごめんな」

真っ直ぐな瞳に見つめられていた。

目を逸らしたいほどに真剣な色をしていて吸い込まれてしまいそうに心が不安定になる。

「俺、自分が野球続けられるのが嬉しくて…、十和の気持ちとか全然考えられてなかったかも。…ごめんな」

謝ってほしいんじゃない。

君はなにも悪くない。 

なのになんで。

悔しくて伏せた瞳から涙がこぼれそうになる。

もうこれ以上ここにいたくなかった。

「大丈夫だから。こっちがごめん」

不安げな顔の彼を置いて席を立った。皆は酔い潰れたり踊ったり爆笑したりするのに夢中でなにも気付いていない。追いかけて来た彼に明日が早いからとごまかして店を一人で出て、タクシーに乗った瞬間に溢れ出してきたのは紛れもなく本物の涙だった。





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