第15話 海洋監視 Version 2021
2021年10月22日(金)
南シナ海・ダナン沖上空
「こちらはアムピトリーテー1。中国軍艦隊の全容を捉えた。こいつは凄いぞ。
P-8ポセイドン1番機の汎用オペレーター席にすわる米海軍のトムソン少佐は、約50km前方を飛行する無人機・MQ-4Cトライトンから転送されてきた情報を見て、思わず口笛を吹きそうになった。
海上自衛隊も長らく使っていた対潜哨戒機・P-3オライオンの後継機であるP-8ポセイドンは、一見するとホワイトカラーのボーイング737といった外見である。
実際、それはボーイングのジェット旅客機シリーズの中でも、もっとも小型である737の改造機であり、飛行機としてのスペックはほぼ民間機と言ってもよかった。
『アムピトリーテー3より通報。メドゥーサ9へ異常接近する機体あり。データ転送間隔を優先バーストモードへ切り替えます』
「来たな。中国海軍の空母から発艦したJ-15だ」
僚機であるP-8ポセイドン3番機からリアルタイム転送された鮮明な動画データが、トムソン少佐のオペレーション・コンソールへ表示される。
とはいっても、実際に動画を撮影しているのは3番機ではない。あくまでも前方に展開する無人機・MQ-4Cトライトンであった。
P-3オライオンの時代と異なり、P-8ポセイドンは運用の大前提に無人機の活用を組み込んでいる。
有人機であるP-8ポセイドンは危険が伴う海域へ直接進出することは少ない。そのようなミッションはまず無人機が担うことになるのだ。
(高空からレーダーで艦隊を監視するのも、低空で潜水艦を磁気探知するのも、ぜんぶ無人機任せってわけだ……嬉しい時代だね)
トムソン少佐がすわっているのは汎用オペレーター席であるが、実際のところ、彼の役目はこのP-8ポセイドン編隊の
そして、すぐ隣には同じ汎用オペレーター席に士官が何人も座って、忙しく無人機からの情報を受け取り、新しい指示を出している。彼らは戦術オペレータである。
すなわち、P-8ポセイドンの汎用オペレーター席は、個人認識カードによってコマンダーやオペレーター、オブザーバーといった複数のモードで起動することが可能なのだ。
パソコンにアドミニストレーターや一般ユーザでログオンするようなもので、もし椅子の座りごこちが悪ければ、空き席へ移って同じ仕事をすることも可能なのである。
「コマンダーより
『アムピトリーテー3、了解』
「さあて、どう出るかな……お、反応しやがったな」
MQ-4Cトライトンの9番機の真横を挑発するように飛んでいた中国海軍のJ-15艦載機が、慌てたように急旋回する様子が動画データでリアルタイムに届けられる。MQ-4Cトライトンが起動した電子防御システムに対して、何らかの警報がJ-15のコクピットで鳴ったのであろう。
明らかに動揺がうかがえる機動だった。ペンタゴンがいい宣伝材料として利用するに違いない。
『警報! メデューサ9の後方に回ったJ-15から射撃レーダーの照射あり!』
「パターンいただき。やり返してるつもりだろうが、おいしくてかなわねえな」
『さらに中国艦隊からも射撃レーダー照射!
「いいねえ、本気モードじゃねえか」
軽口を叩いて笑顔を見せながらもトムソン少佐の心中は穏やかではなかった。中国海軍がその気になれば、メドゥーサ9は即座に撃墜されるだろうし、返す刀でP-8ポセイドンも長距離ミサイルで狙われるかもしれないのである。
(150km離れているとはいえ……今時こんなの至近距離だからな……)
MQ-4Cは中国艦隊からおよそ50kmの位置で監視を行っており、P-8はさらにMQ-4Cから100kmの位置で飛行している。
つまり、中国艦隊からは実に150kmの距離があるということになるのだが、彼らが装備している長距離対空ミサイルの性能をもってすれば、ぎりぎり届くかもしれないという程度の距離なのだ。もちろん、艦載機のJ-15が距離を詰めて狙い撃ってくるかもしれない。
これがステルス性能を備えたB-2や、宙返りも超音速飛行も可能なF-22ならば、大いに安心できる距離ではあるが、悲しいかなP-8の原型機はボーイング737である。LCC御用達の中型ジェット旅客機のベストセラーである。
ミサイルを撃たれて回避しようにも、その機動性はどうあがいても民間機レベルであり、ジャミングシステムがあるとはいえ、本気で狙われたら助かる可能性は低いだろう。
『アムピトリーテー3より。メデューサ9はどうしますか?』
「おちょくってやるのはこのくらいでいいだろう。反転してもっと距離をとれ。
まあ、めちゃくちゃされるだろうが……生きて帰れよ、オイ……」
そう言いながらトムソン少佐が機外の視察窓をのぞくと、RC-135電子偵察機が中国艦隊の方角へとむかっていくのが見えた。
米軍が誇る究極の電子情報収集機とも言える機体であるが、クルー達はこれから危険を冒して中国海軍の電子情報を収集しなければならないのである。たしかに電子偵察能力を持つ無人機も存在するが、RC-135ほどの能力はまだ備えていないのだ。
その後、トムソン少佐が口にした通り、RC-135の乗員は衝突コースでの急接近、後方からの警告射撃など、ありとあらゆる嫌がらせを受けつつも、最新の電子情報データを持ち帰ることに成功した。
そして、RC-135が去った直後に、中国海軍艦隊はベトナムの古都フエ沖で大演習『万海里長城』を開始したのである。
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