リライト版 トイレの神様

黒い綿棒

第1話

【リライト版】 トイレの神様


「ひとりに、なりたいんです」

やっとこ巡って来た順番に、僕は待った時間を上乗せするかのように、

全ての思いの丈を吐き出した。


「疲れたんです。どうせ、誰にも必要とされてないんだ。いっそのこと、

家族も仕事も捨てて、僕は、ひとりになりたい。どんな小さい部屋でもいい」


最近、話題のトイレの神様。


その小さな公園の、決して大きくない公衆トイレは、噂を聞きつけた

悩める子羊の長蛇の列が、連日、延びている。

相談は無料。

ただし、その子羊は、相談料として食べ物や飲み物を、少し空いた

上部の空間から、トイレの神様のいる個室トイレへと投げ入れる。

それが、いつしか出来た暗黙のルールだった。


「…贅沢だなぁ」

ドアを隔てた個室トイレから、神様は、そう言うと

「うん、贅沢だ。あなた、家族がいて、仕事もあって、何が不満なわけ?

困るんだよねぇ、何でもかんでも相談されても。後ろを見てみなさいな。

分かるでしょ?今、私、凄い忙しいわけ。贅沢な話には乗らないの。

さぁ、帰ってくれたまへ」


トイレの神様の言葉は、正直、僕には、想定外だった。


ネットでは、どんな相談も親身に聞いてくれるとの話だった。

それが、どうだ。このつっけんどん。こちらの悩みを聞こうともしない。

どんなに囃し立てられても、所詮は人間ということか。

列に並んでいた時には無かった感情が、僕の心を支配していく。

「なんだ、その物言いは!所詮、物好きが中に入ってるんだろ!そうやって、

人の悩んでるのを聞いては、ほくそ笑んで、楽しんでるんだろ!」


公衆トイレ中に、僕の怒声は響き渡った。


後ろに並ぶ子羊たちは、その言葉に『なんて事を言うんだ』と、

メィメィと、泣き叫んでいる

けれど、知ったことか。僕は怒っているのだ。


「…うん。うん。うん。…いける」

聞こえない程度の声が微かに個室から聞こえる。

「あぁ?なんだって?」

「まぁ、まぁ、そう興奮しなさんな。私も少し言い過ぎた。

しかし、正直、いい加減、あなたの様な身勝手な相談には、飽き飽き

しているんだ。分かってくれないかなぁ」

神様の言葉に、僕は更に怒りが溢れ出した。

「何が身勝手な相談だ!こっちは真剣に悩んでいるんだぞ!

そんな事も分からないで、何がトイレの神様だ!これなら、

僕の方が、いくらかマシな答えが出せる!」


「ほぅ。ならば、やってみなさいな。やれば、その身勝手さが

分かるはずだよ。ちょうど、この個室の横にも、同じように個室の

トイレがある。そこに入って、あなたも彼らの相談に乗るといい。

あなたの方が人気が出たならば、私は、潔く負けを認めるよぉ」


「よし、分かった!」


売り言葉に、買い言葉。

僕は、そう言うと、神様の横の個室に入り、子羊たちの相談に

乗る事にした。


最初は全然だった。


もちろん、誰も僕の所には来ず、なんなら、ドアを激しく叩かれ

個室から出るように催促された。

そりゃ、そうだ。この公衆トイレの2つの個室は、かたや神様。

もう片方には、意地を張った僕が占拠している。

もはや、ここは用をたす場所ではない。

相変わらず神様の個室の前には子羊たちの列が出来ている。

引っ切り無しに子羊は入れ替わる。それは会話する声で分かった。

都度、何かしらが上空を舞い、僕は、それが羨ましくなっていった。

ただ、待ち続ける。

流石に、神様も可哀想になったのか、その相談料がわりの食べ物を

僕の個室に投げ入れた。

「早く諦めればぁ」

という屈辱的な言葉と一緒にではあるが。


日は過ぎて、あまりの長蛇に耐えかねたのか。ただ、面白半分か。

神様の前の列から、『どうも、こちらでも相談に乗ってくれるらしい』

と、ひとり、ふたりと僕の個室に子羊が立つようになった。

僕は『これは、明日に繋がる大事なお客様』と、その相談に、必死に

答えを捻り出した。

すると、それが功を奏したのか、日が経つにつれて、トイレの神様の

前に出来ていた列は2つに割れ、僕の居る個室の前にも、列が延び始めた。


もう少し、もう少し…。もう少しで、あいつに勝てる。


恋愛相談に、コンプレックス。明日のデートに着ていく服から、相続問題まで。

僕は、どんなにつまらない相談も親身に相談に乗った。

そう、ただただ、自分を馬鹿にしたトイレの神様に勝ちたい一心で。

そして、更に日が経った。

2つに割れた列は、とうとう、再び、ひとつになった。

そう、今度は、僕の個室の前にだけ長蛇の列は延びている。


「勝った!勝ったぞ!」

僕は、そう言うと、個室を遮る壁を力一杯、叩いた。

「いやぁ。参りましたなぁ。おめでとう」

「おめでとうじゃなくて、ごめんなさい、だ」

「いやいや、めでたい。めでたいですよ。あなたの悩みも解決したし、

私の願いも叶ったし」


ガチャ


横の個室が開く音がする。

「おいっ!どういうことだ?」

「いやぁ、私もかつて、あなたと同じ理由で、ここに並んでいたんですよ。

そして、同じように…。まぁ、いいじゃないですか。それじゃ、これからも

頑張ってくださいよ」


その言葉を最後に、神様が僕の問いかけに答えてくれる事は無かった。

僕は、慌ててドアノブに手をかける。僕は、神様に勝ったんだ。

もう、こんな所に居る用は無い。

「おい、謝れよ!あれっ、開かない。開けろ!誰か、開けてくれ!」


「いやいや、神様。そう言わないで。外には、神様の言葉を待つ長い列が

続いているんですから」

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リライト版 トイレの神様 黒い綿棒 @kuroi-menbou

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