第12話 再会

 僕は鍵を受け取った窓口に鍵を返却した。

 

 中の人は無言のままだ。この宿には不必要な会話は存在しない。

 余計に恐ろしくなって僕は靴をげた箱から取り出し、走るようにして外に出た。



 早朝の札幌は思ったよりも寒かった。


 半袖で出てきたことを少し後悔した。


 腹も空いている。


 昨晩ひぐまのラーメンを食べて、とうきびを大通り公園で買ったっきりだ。


 何か食べたい。僕は駅に向かった。


 駅近くに、果たして早朝から営業している定食屋はあった。


「鮭朝定食」と言うのを頼んだ。

 

 値段はすっかり忘れてしまったが、おそらく500円はしなかっただろう。あの頃流通し始めたばかりの500円玉で支払った記憶がある。


 学校が夏休みに入る前に近くの駄菓子屋で500円玉を遣おうとしたら、店主の女の人が500円玉を知らず、


「子供銀行のお金はうちでは使えないよ! まったくどんな教育を受けているんだか」

 などと、僕を30分ほど説教したあと、違う大人の客が500円玉を出して支払おうとして事態を把握したようだ。


 さて、腹は整ったが、やることがない。


 そして荷物が邪魔だ。


 コインロッカーに預けることを思いついた。

 

 しかし、コインロッカーは例外なく使用中で、たまに空いているのを見つけたが鍵が壊れていたり、サイズが小さすぎてアルミのフレームが邪魔して入らなかった。


 仕方なく重い荷物を抱えたまま街を歩くことになった。


 定食屋で見たニュースによれば、日中、気温は30度まで上がる予報だった。


 僕の「青春のびのび18きっぷ」は、2日券を使ったので、後3日分が残っている。


 実は札幌から先の旅程を考えていなかった。

 

 このまま帰ってもいいが、多分1日分余る。何かいい手はないか、思案しているうちに丸井今井の真ん前で、誰かにぶつかった。


「いってぇ! 気を付けろ! クソガキが!」

 いきなり大学生くらいの男に因縁を付けられた。


 僕は腕力が強い方でもないし、そもそも完全に大人になり切った男に勝てるなど想像もつかない。謝りの一手だ。


「ごめんなさい、少し考え事をしていて」


「ごめんなさいで済んだら警察は要らないんだよ!」

 ごめんなさいで済む案件だろう? とは思ったが頭に血の昇った大人には効かない理屈だろう。


 僕はそのまま手を掴まれて、丸井今井の脇道に連れていかれ、さらに路地に入ったところで殴られた。


「ぐぇえ」

 かなり腹にキツイ一発を食らった。


「もう、勘弁してください。謝ったでしょう?」

 男はそれでも手を止めなかった。


「お前みたいな乞食の旅行者がオレは大嫌いだ。早く内地に帰れ!」

 旅行者に対する憎悪があるのは分かったが、めちゃくちゃだ。


 その時だ。


「何をしているの?」 


 路地の入口から女の人の声が聞こえた。


「そんなまさか」

 僕は眼を疑った。


 声の主は、エリコさんだったんだ。







 

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