第10話 ひぐまと演劇少女

 銭湯で小ざっぱりとした僕は、そのままラーメン横丁に。当時もっとも有名店だった「ひぐま」が目当てだった。


 西山製麺を代表とする、黄色くてツルツルしていて歯ごたえがプツンと来る札幌ラーメンの麺と、コクのある味噌スープを堪能した頃、日はとっぷりと暮れていた。


 愚かにもそこである事に気がつく。


「今日はどこに泊まればいいんだ?」

 実は乗り継ぐ列車の計画は完璧だったのだが、それ以外の食事、宿泊については全く詰めておらず、「なんとかなるだろう」という、根拠薄弱な思考が支配しており、札幌に着くまで完全に失念していたというまさかの失態。


 ここで急に心細くなり、完全に狼狽していた。まだ日の高い内だったら気持ちはもっとしっかり持てたであろうに。


 哀れな岩瀬少年。初の一人外泊はいずこに。


 バックパックを背負った14歳は、不安感で気もそぞろにススキノを行く。


 煌びやかなネオンの間を抜けて行ったが、流石に客引きにはあわなかった。

 

 やがて闇に沈んだ中島公園に着いた。


「ここで野宿…」

 しかし寝袋は無い。


 どうやって宿を取ったら良いのか、飛び込みで行ってみようかとも思ったが躊躇われた。


 電話帳で電話を掛けて見ようと思って電話ボックスに入って数件電話を掛けて見たが、満室ばかり。


 ハイシーズンと言うこともあり料金も割り増しされており、そもそも予約できても中学生が一人で泊まれるのだろうか、と言う疑念が後から後から湧いてきて電話ボックスも出てしまった。


 また札幌駅の方向に歩き出した。

 

 夜行で何処か地方へ行こうとも思ったのだが、切符の残りを考えると東京に着けないかもしれないし、そもそも復路は札幌でじっくり考えるつもりだった。


 つまり、札幌に普通列車で辿り着く事だけが僕の目的となっていて、後は泥縄式。これがこの旅の正体だったのだ。


 札幌駅の駅舎の外には輪行バッグと共に寝袋に身を横たえた歳上の学生らしき人達でビッシリで、スペースは既になかった。少し離れた所に行こうとすると、


「余り人気のない所に行かない方がいい」

 と忠告してくれた。


「最悪半殺しに遭う」

 とも。


 怖くなってまた大通公園方面に歩みを進めた。


 小腹が空いたので大通公園の屋台で250円でトウキビ(トウモロコシ)を買った。


 すると、歳上の女学生が声を掛けてきて、


「私たちの演劇が明日あるから、チケットを買ってくれない?」

 と言う。


「買ったら宿を紹介してくれませんか?」

 と僕。

 

 なりふり構ってはいられなかった。


「えっ?」

 女学生は絶句している。それはそうだろう。


「ちょっと待ってて」

 と言うなり、その場を去って行ったが、直ぐに中年の男性を連れてきた。


「この人、宿紹介できるって。チケット、何枚買ってくれるの?」

 人を疑わないボンクラは1枚、と言って2000円を払った。


 女学生は無表情でありがとう、と言って去って行った。

 

 自分たちの演劇なのに、熱がない人だな。

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