第8話 函館での別れ

 函館港に接岸した刹那、青函連絡船は乗客や貨物車両を吐き出しながら復路の準備を始めた。


 僕は結局まんじりともせず青函連絡船のデッキで過ごした。エリコさんも一緒だった。


 二人で函館本線のホームに向かっていると、エリコさんはいきなり歩みを止めて、


「彼が迎えに来ている」

 といきなり緊張した表情に変わって何か言おうとした僕を制した。


 彼女に取って彼の出迎えは予定外だったようだ。

 

 一見すると相手は40は過ぎているだろう、今風で言えばメタボリックな品の悪い中年だった。相手はエリコさんに気がついていないようだ。


 彼女は、一人で歩みを進め、彼に声をかけた。


 そして自分から彼を抱擁して歓喜の声を上げている。


 僕が二人の脇を通り過ぎる時、彼女は抱擁をつづけたまま眼差しを僕に向けてなんだか寂しそうな顔をして笑った。


 僕には五歳違いの実の姉がいる。


 歳はエリコさんの方が上だが、いつしかエリコさんを姉に重ねて見ていたようだ。

 

 無理に嬉しそうにはしゃいでいるエリコさんを見ていて、なんだか姉を失ったような気分になっていた。


 また、彼女の話の中で語られていたように、人生には色々な落とし穴があるものだ、と言うことを鮮烈に心に刻むこととなった。


 結局、札幌に三時過ぎに到着する普通列車の車中で彼女を見ることはなかった。

 

 きっと、あの男と特急列車に乗って先に行ってしまったのだろう。


 僕はまた彼女に会いたかったのだろうか。


 否、会いたくはなかった。


 無力な中学生が、金持ちの中年男に何かできるか? そしてその結果エリコさんが救われるのか。


 僕には自信も何もなかった。


 この旅は、人生の色々な事を僕にもたらしてくれる。そんな気がした。



 時間を少し戻そう。


 さて、海産物の函館である。朝の食事はどうしたものか。


 残念ながら朝早くの函館駅では適当な駅弁が買えなかったので、森駅のいかめしでも、と軽い気持ちでいたのがそもそもの間違いだったことを後で知る。


 とにかく僕を乗せた札幌行き普通列車は函館駅を出発した。


 DD51の引く客車の先頭車両に陣取り、ディーゼル機関の奏でる爆音と、排気臭を暫くの間楽しんでいたのだが、間も無く気分が勝れなくなった。


 完徹明けの身には、ディーゼル機関車は堪える。


 今では室蘭、苫小牧回りが主流なのだろうが、この列車は長万部からニセコ、倶知安を経由し、余市で反対の海、日本海に出る。小樽を経由して札幌に至る。長万部から先は、羊蹄山を横目に緑が眩しい山中を進んでゆく経路だ。


森駅でいかめしを ―― 僕の密かな楽しみは、時刻表の欄外に記された駅弁を実際に食すことでもあった。

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