第7話 秘密

「なんだよ、俺といると厄介な事になるぞ」

 と、毒づいてみた。


「本当に子供ね、あなた。試したのよ。家出が本当なら本気で追いかけて来るはずでしょ? あなた追いかけて来なかったから、ウソだってわかったわ」


 結局この人こ掌の上で遊ばれていたのか。


「普通さあ、コーラ振ってから渡さないよね? えーと、お姉さん名前聞いてなかったね」


「エリコよ」

 彼女はそう名乗った。


「そもそも、なんで東京から一人でこんな船に乗って札幌に行こうなんて思ってるわけ?」


「単に時刻表でシミュレーションしてたことを安い切符が手に入ったから実行してるだけで意味なんてないよ」


「いいわね、悩みがなさそうで」

 カチンときた。


 確かに大して悩みなんてないけど。


 なんだか姉と兄弟喧嘩をしているみたいな感覚になっていた。


「さっき、私札幌にお嫁に行くって言ってたじゃない?」


「うん。」


「行きたくないんだよね。実は」


「なんで? いいじゃん、北海道」


「大人には色々あるのよ」


「色々ってどんな?」


「だから色々よ」


「なんで僕にそんな事を?」


「何でかしらね? 弟にちょっと似てるからかな」


「弟さんっていくつなんですか?」


「23よ。生きていたら。事故を起こして亡くなったの。私はその償いで君に言えないような所で働いていたのよ。」

 僕は無言になった。


「君も中学二年生なら、いろいろと……知っているでしょう?」


 要するにこうだ。

 

 エリコさんの弟さんは、仕事に追われ、過労と睡眠不足の中で車で営業中に信号無視で交差点で信号に従って横断歩道を渡っていたおばあさんを轢いてしまった。


 残念な事に弟さんも、そのまま対向車線にはみ出してトラックと正面衝突し、亡くなってしまったらしい。


 弟さんからはずっと、


「忙しい、眠れない、事故を起こしそうだった」

 という事をエリコさんは聞いていたそうだ。 


 だけど、会社は弟さんの責任だと決めつけて、あまつさえ損害賠償まで請求してきた。


 エリコさんの家族には弁護士を立てて争うというアイディアはなかった。


 結局エリコさんは、夜の街に身を沈めることになったんだ。


 ボンクラの自分には信じられない話だった。


 そして札幌に住んでいるオッさんが、 彼女と結婚することで身請けするって話になった。


「なんでそんなに大切な話を僕に?」


「さあ。なんでかな。でも、世の中にはたくさん不条理な事があるのよ。気をつけなさい」

 彼女の話はズッシリと自分の肩にのし掛かった。


 そのあと、重い話しを打ち消すかのように、互いにくだらない雑談をした。


 東の空から夜が明けて来るのがわかる。函館の街がはっきりと見えてきた。


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