第6話 コカ・コーラは振ってはいけない

「何か飲まない? コーラでも買ってこようか?」


「え、あ、はい。でも、なんでそんなに親切にしてくれるんですか?」


「時間つぶしよ(笑)」

 それはそうだ。彼女にとって僕は時間つぶし位の存在でしかないのは当たり前だ。


「でもね、ちょっと君に興味があるの。だから声をかけたのよ。詰まらなそうに一人で何を考えてるのかって」

 そんなに僕がつまらなそうに見えたのか。


 なんとも納得いかないような表情をしていると、


「冗談よ。気に障ったら謝るわ。コーラ買ってくるわね」

 と彼女。


「い、いえ、全然、そんなんじゃないですよ」

 と自販機に向かい、背中を向けた彼女に、表情を読まれたことをごまかすかのように僕は言った。


 子ども扱いされているのに少し反発しつつ、なにか秘めたものをもつその女性に少し親近感を覚えた。


 窓の外は靄がかかり、遠くに見える水銀灯の外灯が滲んで見える。


 間もなく日付が変わる。


 乗船まではすぐだ。


 自販機から二つ、コーラを取り出して戻ってきた彼女は、僕にそのうちの一本をポン、と投げて寄越した。


「じゃあ、乾杯しよ」

 と言って自分の缶のプルタブを引っ張った。


 僕も応じてプルタブを引くと、勢い良く中身が噴き出した。彼女はどうやら細工をしていたらしかった。


「うぇええ!」

 声にならない声をあげ、顔中コーラ塗れになった僕に、彼女は小さく拳を突き上げて、


「やった!」

 とイタズラっぽい声を上げた。


「ヒドイよ。ワザとなの?」


「ゴメンね、ちょっとは気が晴れた?」

 僕は別段気持ちが伏せっていた訳ではない。


「そう怒らないで」

 とハンカチをバッグから取り出して僕に有無を言わさず押し付けた。


「何をやってる人なんですか? お姉さんは」

 怒りを鎮めるように押し殺した声で聞いた。


「仙台の店で働いてたのよ。昨日、辞めたの」


君は何処から来たの? 東京?」


「そうです」


「家出、なの?」

 またこのセリフだ。


 吉岡君を思い出しながら、仕返しに少し意地悪をしてみる気になった。


 キョロキョロと周りを見回す小芝居をしながら、


「僕を警察に連れて行ったりしないですよね?」

 彼女はしまった、という顔をした。


 流石に面倒に巻き込まれるのはゴメンだと思ったのだろう。


「聞かなかった事にするわ」

 と言うと、じゃあ、頑張って、と言って去って行った。


ここで警察を呼ばれると厄介な事になる。嘘なんて付くんじゃなかった。


先ほどの事が引っかかり、気もそぞろに青函連絡船に乗船。(残念なことに船名を全く失念。)


ごろ寝するような船室で仮眠を取ったが、中々寝付けなかった。


 仕方なくデッキにでる。


 デッキと言っても船体の両舷の通路の事だが、漆黒の海と、遠くに見える漁火や、対岸の街灯をぼんやりと見て今日一日のことを反芻していた。


「よっ、お兄さん!」

と肩を叩かれ振り向くと、さっきのお姉さんだった。


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