第4話 バンカラとの遭遇

 扇風機が回っていたが、私 僕は、背中に一筋の汗が流れたのを感じた。


 バンカラ学生は僕のことなど一瞥もせず、口を真一文字に結んでジッと座っていた。


 なにかこう、ストイックな感じだ。


 話しかければきっと怒られると思い、じっと我慢していた。


 実は僕はその頃、誰にでも話しかけることができる社交的な少年だったのだが今は内気で人見知りななおじさんに成り果てている。



 閑話休題。


 僕はバンカラな学生に気圧され、所在もないので仕方なく夏休みの宿題をやり始めた。


 数学の宿題をやっていた。


 何をやっていたか流石に覚えていないが、たぶん二次方程式かなんかだったと思う。


 解き方が分からず、頭を抱えていると、


 いきなり、


「ほでねぇ、こうやんだ」

 とバンカラ学生が話しかけてきた。


「はぁ、」

 と僕。


 バンカラは佐々木さんと名乗る花巻の高校に通う二年生だった。

 

思い切って、


「どうしてそんな格好をしてるんですか?」

 と聞くと


「もでる(モテる)」

 と一言。


 それ以上は聞くのはやめておいた。


 数学は得意で、東北大学への進学を希望しているとの事だった。


 お前も頑張れ、と言って、矢巾という駅でおりて行った。


 人は見かけで判断してはいけない。とても優しいお兄さんだった。


 なんだかこの旅では、僕は歳上の男性にに可愛がられている。


 常磐線での出来事で傷ついた気持ちもすっかり癒えていた。


 列車は盛岡を過ぎ、日も傾いてきた。


 夕刻になると、車内の乗客は一層少なくなり、辺りはすっかり暗くなり、時折見える海は、空と海との境が曖昧に溶けていた。


 静かな車内。


 ぼんやりとそんな曖昧な景色を眺めていると、いきなりテンションが下がってきた。


(なんで僕は一人でこんなことをしているんだっけ)

 正直に言えば心細くなってきたのだった。


 母が握ってくれたおむすびの存在を思い出し、バックパックを探っているとまたあの封筒が手にあたった。


「困ったら開けなさい」

 再び手に取り、父が書いたその文字を眺めていると一層寂しさが増してきた。


 涙こそ出ていなかったが、僕はその時、多分心の中で泣いていたのかもしれない。


 からかわれたが、仙台駅から一緒だった高校生たちや、矢巾で降りて行ったバンカラのお兄さん達との会話がなんだか愛おしく感じられた。


 すっかり日が暮れた。


 時折警笛の音が聞こえ、直ぐにトンネルに入り、窓を開けていると轟音が入ってくる。


 室内の温度もある程度下がったので、僕は窓を閉め、母のおにぎりをかじり始めた。


二戸にのへー、二戸―」

 

 ああ、もう長かった岩手県も終わりだ。僕は時刻表の路線図を眺めながら改めて遠いところに、独りで来たことを実感していた。




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