第10話私もよく知らないの。全部テレビの受け売り

 静岡にあるアウトレットモールには様々なショップが入っている。俺は人生で初めて訪れたけど、姉は違うようだ。


 土地勘はあるみたいで、地図を見ないで俺の横を歩いている。


「高級店で服を買おうかなって思ったけど、ショップの中に入る前に逃げ出しちゃうでしょ? だからちょうどよいのが、たくさんあるここを選んだの」


 逃げるって、俺は子供かッ!

 と、思わず突っ込もうとしたけど、やめておいた。

 生活すべてを頼り切っているので、でかい子供といわれても反論できないからだ。


 悔しいが、ここは我慢するしかない。我慢するしかないのだけど、本当にこの世界の俺はどうしようもない奴だな。


 姉がいなかったら餓死しているか、路上生活をしていそうなほど、生きる力が足りない。よく、過去に行って母さんを救おうと思ったものだ。


「一緒に来てくれるよね?」


 姉が心配そうな目で俺を見ていた。

 まぁ、嫌なことがあったら逃げてしまうと思われるのは、しゃくだから反論だけはさせてもらおう。


「頑張るって決めたから、どこに連れていかれても逃げたりはしないよ」

「勇樹ッ!!」


 姉が両手を広げて抱き着いてきた。

 予想外の反応に対応できない。


 やわらかい胸の膨らみにドキリとした。突き放すわけにもいかないので、背中に手を回して俺も抱きしめる。ブラジャーのサイドベルトやホックの感触がして、女性慣れしていない俺の鼓動は自然と高まっていった。


「やっと、やっと……ありがとう……」


 周囲の目が気になるけど、姉が泣いているので体を離すこともできない。

 子供を落ち着かせるように背中をポンポンと、軽くたたく。


 なぜこの世界の俺だった奴は、優秀で性格もよい姉を困らせていたのか分からない。我ながらチョロいなとは思うが、弱弱しい姉を目の前にして、これからは家族としてもっと仲良くしていきたい。そう感じてしまったのだ。


「ありがとう。もう落ち着いたよ」


 そう言いながら俺から体を離す。

 もう涙は止まっていた。


「かっこいい服を選んであげるから」


 俺の手を握って歩き出した。


 仲の良い姉弟に見えるのか、それとも恋人なのか、どう見えるのかは分からないが、泣き止んでくれてほっとした俺にとっては、どちらでもよかった。


 姉はカジュアルフォーマルと呼ばれる服装が好きらしく、入るお店はすべてその系統だ。ジャケットやインナーにきるシャツ、パンツなど選んでは購入されていく。俺はいいねと、うなずくだけの存在になっていた。


 それを気にすることなくポンポンといろんなものを買っていくのだから、姉の財力に圧倒されっぱなしだ。


 数時間をかけて十着以上の服を買うと、両手にショッパーをぶら下げて駐車場に戻ろうと、道路を渡ろうとしたところで立ち止まった。奇妙な車を見かけたのだ。


「あれは?」


 真っ白な丸い円の中に数字の3を崩して上に王冠をのっけたような、奇妙なロゴが印刷されていた。文字もペイントされていて「救済の時は近い。欲望を開放せよ」と書かれている。


「私たちが生まれる前からあった宗教みたい? 悪の組織って感じでもないらしいから、今は誰もが無視している存在……かな? 私もよく知らないの。全部テレビの受け売り」


 興味がないのは姉と同様だ。

 クリスマスが近くなればスピーカーで「救いを~」といった感じで宗教を宣伝する人たちがいるんだ。車のペイントなどかわいいものだろう。


「姉さん、青信号になったよ」

「本当だ、行きましょうか」


 姉の腕がすっと絡んでくる。甘えん坊だなと思いつつもちょっとした幸せを感じている自分に驚く。


 密着した状態で歩きながら車へと向かった。

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