第9話他人から見ると、できる姉と駄目な弟

 買い物に行くことに同意した俺だったが、誰かと一緒に買い物をした経験が乏しいためどこに行けばいいか全くわからない。


 あれか? 写真映えするおしゃれなカフェとかに行けばいいのか……?


 そんな答えの出ない悩みを抱えながら、姉を見つめていた。


 タイトなズボンに黒いブーツを履いて、上はシャツにジャケトというピシッとカッコいいスタイルとよくマッチしている。髪はやや眺めで毛先の方がクルクルとパーマがかかっている。俺から見ても美人でお洒落な女性だと感じる。


 そんな姉と比べて、俺はTシャツにチノパンというラフすぎる格好だから、他人から見るとできる姉と駄目な弟。そんな感じに見えるだろう。


「そんな心配そうな顔をしないの。どこに行くのか、決めているからついてくるだけでいいよ」


 俺がお店選びが苦手なのも知っているということか……姉弟なら当たり前なのかもしれないけど、知り合ったばかりの姉が、俺のことを知っているという状況は慣れない。だが、悪い気はしなかった。


 二人で外に出ると駐車場に向かう。


 俺の記憶ではなにもなかったはずだが、外国産の車が一台あった。姉は当たり前のように運転席に座った。俺は助手席だ。人との関わり合いが薄い俺でも、後部座席に座るほどマナーを知らない人間ではない。


 俺が乗り込むとエンジンがかかる。ほとんど振動しない車内は静かだ。姉さんがアクセルを踏むと、ゆっくりと発進した。


「ショッピングモールに行って、勇樹の服も買わないとね」

「俺のも買うの?」

「もちろん。お金の心配はしなくていいから好きなものを買いましょう」


 車といい、謎の資金力に驚く。

 給与の良い場所で働いているのか?


 俺を養うこともできる立場なのだったら、我が家にふさわしくないほど優秀な姉だ。小さい頃は姉の残り物で作られた弟とか言われてそうだな。


「姉さんに任せるよ」

「全部人に任せてたらモテないよ?」

「別にいいよ。誰かと付き合いたいとか、思ったことないから」

「勇樹……お父さんのことずっと見てたからね……」


 そんな悲しい顔をしないでほしい。他人と関わるのが苦手なのは、俺の責任なのだから。


 自分で選んで決めたこと。無限にある選択肢の中から選び取ったのだからこそ、その結果をすべてを受け入れる覚悟はあった。


 それはタイムトリップしたことで突如、出現した姉にたいしても同じだ。


 親父の最後の願いだと思って大して考えずに機械を起動させてしまって、過去を改変したことひは多少反省しているが、その事実は受け入れるつもりだ。


「気にしないでいいよ。今の生活も楽しいからさ」

「こら、楽しいじゃだめだよ。ちゃんと働きなさい」


 おっと、この世界だとそうだった。

 俺は無職でヒモ野郎だったのを思い出した。


「落ち着いたら就職活動をしてみるよ」

「え!?」


 前を向いていた姉が急にこちらを向いた。

 タイミング悪く信号が赤色に変わる。


「危ない! 前! 前!」

「ご、ごめんなさいッ!」


 ガンと、体が前に出そうになってシートベルトが受け止めた。


「で、本当なの!?」


 無事に止まったかと思うと、ハンドルから手を放して俺の腕をつかむ。顔がぐっと近づき、香水のうっすらと甘い匂いが、女性らしさを感じてしまい俺の心を刺激する。


「うん……変なことを言ったかな?」

「ううん。変じゃない! 変じゃないよ! ずっと待ってたんだからッ!!」


 もしかして、ずっと無職だったのか!?

 それは、ずっとヒモをしていたことになる。さすがにそれはあり得ないだろッ!!


「初めての就職活動は大変だから、私の会社で働く? これでも社長だから、何とでもなるんだよ」


 何とでもなるんだよ? って、就活生が聞いたら嫉妬の嵐で殺されてしまいそうな発言を、かわいらしい顔と声で言うなって!


 そりゃぁ、30超えた男が一度も働いてないって時点で、詰んだ状態なのは間違いないし、家族が心配するのもわかる。


 今までだいぶお世話になっていたようだし、少しは安心してもらえそうな発言をしておこうかな。


「それもいいかもね」


 気軽に言った言葉だったけど、姉にとっては違ったようで、見惚れるような笑顔に変わった。


「約束ね! 後でスケジュールを抑えておくから!」


 姉は俺の腕から手を放して再びハンドルを握る。


 青信号になるとアクセルを踏んで車が走り出した。先ほどよりスピードがあるのは気のせいではないだろう。

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