第8話おはよう、姉さん
情報収取を兼ねた食事を終えると、彼女はタイムマシンのメンテナンスをするといって、どこかに行ってしまった。
一人になった俺はテレビをつける。タレントが最近開店したおしゃれなケーキショップを紹介していた。
いつも通りの光景に安どのためいきをもらす。非日常を体験すると変わらない平凡な日常が、どれほど価値があるものなのか分かるって本当だったんだな……。
そのあと携帯電話からチャットアプリを立ち上げると、見慣れない名前があった。
高杉京香。
会話の履歴を見たら、俺とタイムマシンのことを話している。先ほどまで一緒にいた彼女の名前だろう。会話の内容から、兄弟の仲は良くなかったのだと思われる。ちょっと意外だった。
チャットアプリのおかげで、どのように接していたのか大体把握できた。
次は写真だ。保存されていたデータを見る限り、俺が借りている家はまだ残っているようだ。見慣れない人はいないので、彼女のような存在が他にもいるということはなさそうだ。
ほかに大きな変化はないか。
気持ちに余裕が出てきたところで、連絡しなければいけない相手を思い出す。もう一度チャットアプリを立ち上げた。
「マジ、か……」
職場の連絡先が消えていた。
業務連絡のグループチャットやメールアドレスも消えている。
どうやら俺は、一人暮らしはしているが仕事はしていない状態らしい。
生活費の支払いはどうしているんだ……??
この疑問はすぐにとけた。姉のチャットログに「今月の生活費を振り込んでおいたから」とあったのだ。なんと京香さんのヒモになっていたようだッ!!!!
おいおい、この世界の俺よ。さすがに姉に養われるって、どういう人生を送ってきたんだ!?
なんと情けない! 人に頼って生きているなんて!!
せめて自立しろよ。
自分自身に絶望すると過去に行った影響調査を強引に打ち切る。やる気がなくなってしまったのだ。
それと同時に急に眠気が襲ってくる。
「あぁ……そうだよな…………」
落ち着いたことで疲れが一気に出てしまったのだろう。ソファーに座ったまま瞼が落ちていく。
ゆっくりと意識が離れていった。
夢は見なかった。
意識が半分覚醒した状態で頭上から京香の声が聞こえた。
「一緒に入れて嬉し――今回は――――どんな改変があったん――――――。勇樹が辛い思いをしなければいいなって――」
とても、とても悲しそうだった。
過去に行かない彼女は何が変わったのかわからない。だが、タイムマシンの存在は知っているので、現実が改変される可能性があることは理解している。
俺の言動から、今回も改変があったんだろうと予想したのだと思う。
改変された存在が自分自身だとは気づかずに、だ。
俺自身がチョロいと思ってしまうが、それでも体の奥からふつふつと愛情に似た何かが湧き上がってくるのを抑えることはできない。
親父のこともあって人と仲良くなるのが怖かった俺は、人と深く関わるのを避けて生きてきた。
そんな俺が今、突如現れた彼女に親しみを覚えてしまったのだ。
消えてほしくない。
たった数時間ではあるが、そう思う程度には重要な存在になっている。
血が繋がっているからこそなせる業なのだろうか。
ゆっくりと目を開ける。彼女は俺の顔を覗き込むようにして座っていた。
「おはよう、姉さん」
この世界になって初めて姉といった。
自然と親しみが込められている声だったのに、俺が一番驚いている。
「勇樹、おはよう。疲れは取れた?」
「寝たらすっきりしたよ」
「よかった。ねぇ、時間もあることだし買い物に行かない?」
「いいよ。荷物持ちなら任せてね」
恋人のような甘い関係ではなく、でも友達より親しい。
姉弟という初めての関係に戸惑いながらも悪い気はしなかった。
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