第5話もしかしてお風呂、一緒に入りたかった?

「戻ってきた?」


 頭がボーッとする状態のままつぶやいた。壁に寄りかかりながら立ち上がると、ドアを開けて確認する。謎のケーブルだらけの部屋が目に入った。


「やっぱり、現代に戻ってきたんだ」


 戻ってこれた原因はいくつか予想がつく。最有力候補は時間だろう。腕時計を手放すなっていうことは、時間には気をつけろと言いたかったんだと思う。


 説明が足りないメモだったけど、前提となる知識に差があるのだから、あんな感じにもなるのは仕方がない。特に親父は他人との交流が少なかったから、気をつかうのが苦手だったはずだ。学生時代もボッチだったしな。


 ゆっくりと体を伸ばす。

 特に凝ってはいない、極度の空腹というわけでもないが少しお腹は減っている。


 俺が過去に行っていた間、この体はどうなってたのだろう?


 いろいろなことが気になるが、今考えても答えは出ないのだから後回しだ。


 ドアを開けて狭い部屋から出る。シャワーを浴びて汗を流してから、お菓子でも食べて小腹を満たそう。


 廊下に出てお風呂場へ向かう。

 脱衣所のドアを上げると、裸の女性がパンツをはこうと片足を上げていた。


「…………」


 俺の顔を一瞬だけ見たけど、気にしていないようだ。そのままパンツをはいてからブラジャーも取り出している。年齢は20代にも30代にも見えて、体は引き締まっていた。美しい女性だ。


 最初は強盗か? とも思ったけど、彼女の様子からそうではなさそうだと思う。親父の恋人かもと思ったけど、母さん一筋だったからその可能性は限りなくゼロに近い。であれば……不法占拠されているのか?


 親父が入院してから一ヶ月ぐらいは経っていたはずだから、その間に転がり込んだのだろう。


 さすがに、たたき出すのは気が引けるが、ここにはタイムマシンがある。さっさと出て行ってもらったほうがいいだろう。


「勇樹、もしかしてお風呂、一緒に入りたかった?」

「…………!?」


 なぜ、この女性は俺の名前を知っているんだ!?

 俺の知り合いにこんな美人な女性はいないぞッ! いや、正確に表現するのであれば、女性の知り合いは一人もいない!!


 なんとも悲しい事実だが、今回は役に立った。無防備に下着姿をさらしている女性に言い放つ。


「誰ですか?」


 そう言った瞬間、怒りによって女性の髪の毛がブワッと盛り上がったように見えた。


「へぇ、お姉ちゃんにそんなこと言うんだ……勇樹は、ちょっと遅い反抗期ってことなのかな?」


 お、ねえ、ちゃん…………だと?

 俺は一人っ子だった。姉も兄もいない。親父の隠し子か?

 クッソ。母さん一筋だと思ったら、とんでもないものを仕込んでいやがってッ!


「親父がご迷惑をおかけしました。遺産相続のお話をしに来たのでしょうか? もしそうでしたら、私は権利を――」

「勇樹どうしたの! 熱でもあるんじゃない!?」


 姉と名乗った女性が慌てた様子で近づくと、俺のおでこに手を当てた。


「平熱ねぇ……。父さんが死んだばかりだというのに、変なこと言わないでよ」


 心底安心したような表情をしながら言った。

 おかしい。初めて会う異母姉弟にしては距離が近すぎる。これじゃまるで……。


「血のつながった家族は二人だけなんだから、心配させるようなことはしないでね!」


 ピシッと人差し指を立てる姉と名乗る人物。いや、本当に姉なのかもしれない。


 俺が過去に行ったことで未来が変わった。そう考えたほうが納得がいく。何がきっかけだったか分からないが、過去に行くということはそういうことなのだろう。


 母さんは死んだままで、姉が存在する世界に変わったのだった。

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