第4話好きな人にだけ見せる特別な笑顔は美しい
陰キャのボッチ。その立場を思う存分使ってクラス内の人間観察をする。
母さんは同じクラスだったよだ。しかもスクールカーストの最上位らしく、常にイケメンや美女の中心にいる。
「昨日のテレビ見た?」
「新刊でたんだって! 買いに行かない?」
「それより新作のパフェを食べに行こうよー」
誰もが母さんの興味を引こうとして話しかけている。俺はそれを遠目から眺めていた。
母さんは表面上は笑っているけど、心の中ではつまらないと思っていそうだ。どうでもいい話を聞き流しているような、そんな感じ。
何度か目が合った気がするけど、話しかけられる雰囲気ではない。
親父と母さんの間には、見えない絶対的な壁があるからだ。
久々に経験するカーストの壁は、時代が変わっても同じなんだなぁと、感心してしまう。親父はよく乗り越えて結婚できたな……。
一回ぐらいは話したいと思いつつも時間だけが無駄に過ぎていく。お昼休みも教室の席で一人で食べるほどだ。しかも誰も話しかけてこない。ギャルゲーのように似たようなモブ友が話しかけてくることもない。親父は空気のような存在だった。
放課後になると、爽やかなイケメン――高田隆二が迎えに来て、母さんは一緒に教室から出て行ってしまった。スポーツも勉強もトップクラスらしい。あれが恋敵というのだから、ハードルが高すぎる。
親父よ、どうやって母さんを攻略したのか教えてくれ!
そう、心の中で願いながらその日は無意味に過ぎ去って行った。
翌日も高校に登校すると、教室のはじで母さんを見る。昨日と変わらず、この場の中心人物として会話をコントロールしている。俺はあんな美人でコミュニケーション能力も高い人から生まれたのに、どうしてパッとしない人生を歩んでしまったのだろうか?
その答えは出ている。
人のせいにして逃げ続けてきたからだ。
亡くなった母さんを追いかける親父から逃げて、受験も確実に入れるところにしか受けなかった。就職からも逃げてバイトの日々。気がつけば30を超えてたんだから、本当に救えない。
どこか一つでも他人に誇れるような努力をして、前に進もうとしていたら結果は変わっていただろう。
もしかしたら、もしかしたらだ。母さんが生き残ったら、親父だけでなく俺の人生も救われるかもしれない。
そんな淡い期待がふつふつと湧き上がってくる。
「ねぇ、コウタ君。少し話せないかな?」
いつのまにか、母さんが目の前にいた。スクールカーストの見えない壁が壊された瞬間だ。
俺だけじゃなく他も驚いているあたり、突発的で普段なら有り得ない行動だったのだろう。
親父の体が逃げ出そうとしている。俺ではない別の意思が、体を勝手に動かそうとしている。それがこの体にあるべき本来の意思だと気づくのに時間はかからなった。
なんだ親父。ちゃんと生きてるんだな。
安心するとともに、それをねじ伏せる。
まぁ、待てって。
クラス内で注目の的になってビビってるんだろ?
分かるよ。でもこれはチャンスだ。逃げたら母さんは救えない。親父や俺だってそうだ。
関わりのない人に遠慮して人生を台無しにはしたくないだろ?
仲良く逃げる人生は終わりにしようじゃないか。
体に語りかけると、すっと抵抗する力がなくなり体の主導権が戻る。
「うん。大丈夫だよ。えーっと……」
「美紀って呼んでいいよ。その代わりにコウキ君って呼び続けてもいいかな?」
一瞬だけ周囲がざわついた。母さんはどんな男子にも苗字で読んでいるからだ。名前で呼ぶ特別な存在が、イケメンの高田隆二ではなく、俺なのが意外だったのだろう。
「うん。俺は良いけど……」
「やった!」
母さんは、花が咲くようにほほを緩ませる。
不覚にも俺は見とれてしまった。今まで出会った女性の中で、最も美しいと。
現時点でも親父のことが好きで、その人にだけ見せる特別な笑顔だったからだろう。
俺は寂しさとともに、親父と母さんの二人が幸せになってほしいと心から願っていることに気づく。息子にも見捨てられて、一人でタイムマシンを作って死ぬような人生を送らせてはダメだ。それは、あまりにも悲しすぎる。
過去に戻る奇跡が手に入ったのであれば、ここから先は己の力で勝ち取っていくべきだ。逃げずに戦い、努力して勝ち取る。イケメンだか、陽キャだかしらないが、負けるつもりはない!
「そうだ、せっかくだから今日のお昼一緒に食べない?」
「ごめんなさい! 今日は別の予定が入っているんだ。明日はどうかな?」
「こっちこそ、急なお願いをしちゃってごめん。じゃぁ明日のお昼は一緒に食べよう」
「うん! それじゃ、またね!」
用が済んだ母さんは俺から離れると元の場所に戻る。
クラスメイトの女子たちがさっきの会話について色々と聞き出そうとしているけど、何事もなかったかのように、別の話題に変えて上手くかわす。
スクールカースト最上位が話したくないと態度で示してしまえば、同格の人間がいない限り、聞き出すことはできない。そして幸いなことに、この場にはいなかった。
スクールカーストにすら入っていない俺から、後で聞き出そうと考えている人もいるだろうから、今日はさっさと帰ってしまおう。高田ことは気になるけど、母さんの態度からあまり心配する必要はないはずだ。
そうして俺は、それ以降は誰とも話さず放課後になると全速力で家に帰る。
晩御飯を食べてお風呂に入って布団の上で横になった。
今日も色々なことが起こったけど、母さんとの距離を縮めるきっかけはつかめたので、充実感はある。
明日は頑張って好印象を残そう。そんなことを思いながら、うとうとしだす。
ふと時間が気になって、腕時計を見ると針が0に近づいていた。
そう思えばこれは普通の時計じゃないから時間は分からないんだった。
そんな思考を最後に、眠気によって意識は遠くへ飛んでいく。
そして翌朝、俺は防音室のような密閉された小さな部屋で目を覚ましたのだった。
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