第2話本当に作ったのか……。
「ただいまー……って、なんだこれ!?」
一人暮らしをしてから十年以上も経過して、ようやく実家に帰ってきた。
外見は普通の一軒家。俺の記憶と変化はなかったんだけど……中は大きく変わっていた。
壁や天井に謎のケーブルが多数あって、リビングの真ん中に小型の防音室のような、数人は入れる小さな箱があった。開けると、テーブルの上に謎の黒い箱がある。中心には鍵穴があった。
おいおい、テレビ番組ですらビックリするほどの変化だぞ!
ここまで本格的に家が改造されているとは思わなかった。タイムマシンが完成したって、もしかして本当なのか!?
心臓の鼓動がうるさい。もしかして俺は、タイムマシンという非現実的なものに期待しているのかもしれない。
親父からもらった鍵で、黒い箱を開ける。
「時計……?」
古めかしいアナログ時計のようなものだった。
文字板には1から48までの数字があって、秒針と短針がない。今まで見たことのない奇妙なデザインだ。
時計を取り出した黒い箱の中には、一枚の紙が残っていた。
『時計のリューズを押せば過去に戻れる。時計は絶対に外すな』
取り扱い説明書みたいな内容を期待していたけど、走り書きのメモしかなかった。
期待していた気持ちがしぼんでいく。こんな内容しか残せないのであれば、タイムマシンなど実現しなかったのだろう。きっと、家を改造して「未知なる発見をした科学者」になったつもりなのだろう。
まぁ俺は、別にそれで構わない。親父の今際は満足そうで、穏やかだった。
母を亡くしてから俺が出ていくまで、そんな顔をしたことはなかったから、それだけでこの妄想に価値はあったのだと思う。
あとは残った俺が、義理を果たせば終わりだ。
家の売却はどうしようか?
そんなことを考えながら時計を腕につけて、気負うことなく親指でユーズを押すと――世界が回転した。
いや、違う。俺がめまいで倒れただけだった。気が付くと床に顔がついていた。
「イタタ……」
頭を二、三回ふってからヨロヨロと立ち上がる。目を開けると別の場所にいた。
団地の一室といった感じで、畳が敷かれている。懐かしさを覚えるこの場所は、祖父母が住んでいた家だった。
老朽化が進み、だれも住まなくなったので取り壊されたはずだ。もうすでに無くなった場所。なのに、今ある。
「まさか……」
この矛盾が説明できる一つの答えがタイムトラベル……。
まさか本当に親父が作ったのか……?
ハッとして腕を見る。時計の針は0のまま。動いてはいない。
これが何を示しているのかわからないけど、メモには手放すなと書いてあった。何が起こるのかわからない状況なのだから、どんなことがあっても身に着けておくべきだろう。
壁に掛けられた時計は午前7時をさしていて、台所からは食欲をそそる味噌汁の匂いがここまで漂ってきていた。これから朝が始まるといった空気が、なんとも懐かしさを感じさせる。
そんなことを考えていると、目の前に一人の女性が立っていた。
「あんた、何してるの!」
記憶よりもだいぶ若い祖母がこちらを見ている。
その瞬間、俺の背中に嫌な汗が流れた。
実家だと安心しきっていたが、もし本当に過去に戻っているのであれば、俺は生まれていないはず。この家にいたら不審者として通報されてしまうのは間違いない。
頭をフル回転させて、この場をどうやって切り抜けるべきか考えていたら、祖母が再び口を開いた。
「コウキは行動が遅いんだから、さっさと顔を洗ってきなさい!」
言い終わるとすぐに、祖母は台所に戻ってしまった。
コウキとは親父の名前だ。それを俺に向かって……言ったのか?
血のつながった孫ではあるが、普通間違えるか?
同じなのは性別ぐらい。いくら童顔に見えるからと言って三十を超えたおっさんを、高校生だと見間違えるはずがない。
じゃぁどうして? と、考えても答えは出ない。考えても答えが出ないなら行動するしかないだろう。
幸いなことに勝手知ったる祖父母の家だ。記憶を掘り起こして洗面台にと向かう。
言われたとおりに顔を洗おうとして鏡を見ると……。
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