第11話

 程なくお盆も過ぎ、いよいよ子供たちの引っ越していく日がやって来ました。

 荷物を積んだトラックを見送ったあと、おとうさんの運転する車にお母さんと一緒に乗った三人の子供たちを、校長先生はひとりで見送りました。


「三人とも、おとうさんとおかあさんの言うことをよく聞いて、元気でいるんだよ」


「うん、校長先生も元気でね」


「校長先生、キャンプ、ありがとう。

 すごく楽しかった」 


「校長先生、豚さんにもありがとうって言ってね」


「ミサキ、せんせえも豚さんもすき」


 三人は口々に言って別れを惜しみました。


「校長先生、子供たちがお世話になりました」

 どうぞお元気で。

 奥様にもよろしくお伝えください」


 おかあさんが挨拶をしました。


「校長先生、私も子供たちも、お世話になりました。

さあ、それじゃ、みんな、行くぞ」


 おとうさんがエンジンをかけると、子供たちは車の中から手を振りました。

 おとうさんとおかあさんが頭を下げて車は進みだし、ハルとソウとミサキは振り返って、いつまでも車の後ろの窓から手を振り続けました。

 そうして車が道の向こうに走り去ってすっかり見えなくなると、


「寂しくなるな……」


 校長先生は誰に言うともなくぽつりとつぶやきました。


*     *     *


 何日かして、校長先生は、そば屋の主人にお礼を言おうと、とんとん庵へ向かいました。

 奥さんが「お口に合うといいけれど」と言って芋焼酎の瓶と、自分で育ててこしらえた葉唐辛子の佃煮を持たせてくれました。


 ところが、いくら歩いても、新しく国道沿いに出来た真新しいコンビニはあるのに、あのこじんまりと落ち着いた趣味の良いそば屋は見当たらないのです。


「おかしいな。

 一本道なんだから、間違えるはずはないんだが…」


 何度も同じ道を行ったり来たりしたあと、先生は、それならあの、川のそばにあった豚の家を訪ねてみようか、と思いつきました。

 先生は学校へ戻って山の中を歩き出しました。

 けれど、やはり家も畑も見つからないのです。


 学校から少し歩いた山の中、子供の足でもそうかからなかったところ。

 いくら歩いてみても、何もありません。

 川を上って行ってみても、そこから学校のある側へ行ってみても、反対側を回ってみても、同じところをぐるぐる巡るばかりです。

 あの、ちんまりしながら庭の鶏小屋も手掘りの井戸も何もかも揃っていた赤い瓦の平屋の家と、よく耕された畑が確かにあったはずなのに。


 山の中には家一軒、畑一枚ないのです。

 長いこと、人が通ったような跡もないのです。

 それでも歩いていると、じきに県道の舗装された広い道に出てしまうのです。

 

 そうして山のあたり一帯は、何か隠していそうな草深い田舎の山のまばらな雑木林になっているばかりで、あの丁寧な暮らしの詰まった小さな一軒家と丹精込めた畑は、探しても探しても、どうしても見つからないのでした。



               


                          (終わり)  


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天そばキャンプ 紫堂文緒(旧・中村文音) @fumine-nakamura

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